『ハンク・アーロン自伝』ヘンリー・アーロン、ロニー・ウィラー😁😭😢😳🤔🤓☺️

I Had A Hammer
発行:講談社 翻訳:佐山和夫 定価2200円=税込/古書
第1刷:1993年4月1日 原著発行:1991年

メジャーリーグ歴代2位の755本塁打記録を持つハンク・アーロンは、この自伝によると、「自分のことをメジャー第2世代の黒人選手だと思っていた」という。
第1世代は近代メジャー初の黒人選手となったジャッキー・ロビンソンをはじめ、ロイ・キャンパネラ、ドン・ニューカムらで、彼らにアーロンら第2世代、ボブ・ギブソンやカート・フラッドら第3世代が続いた。

黒人選手同士の結束は極めて強く、アーロンがブレーブスに入団したばかりの頃は、先輩選手が球場での立ち居振る舞いはもちろん、グラウンド外でも私生活について細かい注意を与えていた。
そうした若手時代の記述に、印象深い一節がある。

「誘惑はロードに出たときにあった。
大切なことは誰を信用したらいいのかを知ることだったが、もっと重要なことは、誰を信用してはいけないかを見極めることだった」

今このアーロンの述懐を読んで、広島カープから契約を解除された選手を思い浮かべるプロ野球ファンは少なくないだろう。
筆舌に尽くしがたい差別と戦いながら黙々とプレーを続け、ベーブ・ルースを抜く本塁打の新記録を打ち立てたアーロンの言葉には、現代にも通じる含意と真理がある。

自らの言動を真摯に振り返るアーロンは、アトランタで主力打者としての実績を積むにつれ、人格が一変したことも率直に語っている。
それまでのようなアベレージヒッターとしての打撃を捨て、スターの地位を確固たるものにするため、ホームランばかりを狙うようになったことが、人間性にも大きな影響をもたらしたのだ。

「自分が衆目を集めない人間であることが嫌になっていた。
自分には当然その資格があるのだし、誰も与えてくれないのなら、自力でそれをつかむしかないと思った」

そうした急激な変化によってアーロンは鬱状態に陥り、4人の子供をもうけたバーバラ夫人と離婚。
さらには副業に手を出して失敗し、100万ドル以上のカネを失って、ブレーブスに保証を懇願しなければならないほどの経済的危機も経験している。

そうした人生の辛酸を嘗めてもなお、いや嘗めたからこそか、アーロンは若手時代から続けている後輩の黒人選手への助言を怠ることはなかった。
今や名将として知られるダスティ・ベイカーは、選手時代にアーロンからこう言われたことを忘れていないという。

「ベースを回るときは、けっして大きな態度を見せるな。
ピッチャーを刺激すると、次の打席で痛い目に遭うからな。

ホームランを打っても、淡々と走ればいい。
ベンチへ帰って喜べばいいことだからな」

そうした先人たちの苦労した時代があって、テオスカー・ヘルナンデスやタティース・ジュニアが派手にガッツポーズを取れるようになった今日があるのだ。
ある意味、今こそ読まれてほしいメジャーリーガーの自伝である。

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スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。2010〜2026年、東京スポーツでコラムや野球記事を連載。 日本文藝家協会会員。Yahoo!ニュース公式コメンテーター。
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