「ゲージツ家のクマさん」こと篠原勝之さんを悼む

2010年に出版された仁香夫人の著書
現在は古書のみ

「ゲージツ家のクマさん」という愛称で知られる篠原勝之さんが他界した。
今月17日、84歳で肺炎のために亡くなったことが、きょう自身のインスタグラムで報告されている。

僕はとくに親しくさせていただいていたわけではない、という以前に、お会いしたこと自体、2~3度しかない。
それでも、悼む気持ちを文章にしておきたくなったのは、僕が構成を務めた評伝『根津甚八』(2010年、講談社)の取材で大変お世話になったからである。

根津さんと言えば、一世を風靡したアングラ劇団〈状況劇場〉から映画やテレビドラマに進出し、一躍トップスターとなった伝説の俳優。
その根津さんが病を患って俳優活動を休止してしばらく経った頃、仁香夫人が根津さんの半生を綴った著書を出版するに当たって、僕がお手伝いすることになった。

そこで、仁香夫人とともに、根津さんとゆかりの深い映画、演劇、テレビ界の関係者に思い出話を聞いて回った。
いま振り返ると、とても素敵で貴重な時間を過ごすことができたと思う。

その取材対象のひとりがクマさんだった。
インタビューを快諾していただいた時の条件が「飲みながらでもいいか」で、指定された場所が状況劇場の元メンバー安保由夫さんが経営していた新宿のバー〈ナジャ〉。

当時、クマさんは童話『走れUMI』で小学館児童出版文化賞を受賞したばかり。
僕は1冊入手はしていたが、まだ読んでいなかったので、取材前にそのことを素直に打ち明けると、クマさんはニッコリ笑ってこう言った。

「ほお、それで、よく俺の前に来られたな」

あの凄みと温かみが綯い交ぜになったクマさん独特の雰囲気は今でも忘れられない。
こちらは当然、すっ、すいません! と平謝りするしかなかった。

焼酎のお湯割りを飲みながら、根津さんとの思い出を語るクマさんの話は、とてもそのまま書けないような豪快で際どいエピソードがいっぱい。
ただ、17年経った今では何故か、本題とは関係のないSNSの炎上についての言葉が印象に残っている。

「ツイッターなんて、しょせん流行り廃りのもんだろう。
嫌になったらやめりゃいいんだよ」

そう仰ったクマさん自身は、ツイッター、フェイスブック、インスタグラムとすべてを使いこなしてマメに更新している。
しかし、「嫌になったらやめりゃいい」と思っているからこそ、亡くなるまで続けられていたのかもしれない。

根津甚八さんは2016年、69歳でこの世を去った。
仁香夫人の著書のために協力してくれた方々も、唐十郎さん、市川森一さん、若松孝二さん、安保由夫さんがすでに鬼籍に入っている。

クマさんはもっともっと元気で長生きされると思っていました。
謹んでお悔やみ申し上げるとともに、ご冥福をお祈りいたします。

根津甚八さん(左)の自宅で聞き取りをした思い出の一枚
2009年7月10日、仁香夫人撮影
スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。2010〜2026年、東京スポーツでコラムや野球記事を連載。 日本文藝家協会会員。Yahoo!ニュース公式コメンテーター。
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