『ヒッチコック―映画と生涯―』ドナルド・スポトー😁😳🤔🤓

The Dark Side of Genius: The Life of Alfred Hitchcock
発行:早川書房 翻訳:勝矢桂子、堀内静子、長野きよみ、相原真理子 
監修:山田宏一 装丁:和田誠
定価:上巻2472円、下巻2600円(税別) 初版:1988年6月30日 3版:1991年9月30日
原著発行:1983年

サスペンスの神様と謳われた世界的巨匠アルフレッド・ヒッチコックの決定版的伝記。
『マリリン・モンロー最後の真実』(1993年)など、伝説的映画人の伝記作家として知られるドナルド・スポトーが綿密な取材と調査の元に書き上げた長編ノンフィクションで、翻訳版上下巻の本文だけで計850ページ超に及ぶ。

これほど大部のヒッチコック・ストーリーを通読し、改めて感じたのは、ヒッチコックは映画というメディアそのものの歴史とともに歩んできた映画人であったということである。
1895年にルイとオーギュストのリュミエール兄弟がパリで、1896年にトーマス・エジソンがニューヨークで、それぞれフランスとアメリカで初の映写会を開催して間もなく、1899年にヒッチコックは生まれた。

10代のころから映画館通いを始めたヒッチコックは、ロンドンの撮影所に就職し、無声映画の字幕担当として才能を発揮。
この時期に最も影響を受けた映画監督がドイツ表現主義の巨匠F・W・ムルナウやフリッツ・ラングだったということが興味深い。

自分自身が巨匠になってからも映画製作のための勉強と研究には非常に熱心かつ貪欲で、いつも数多くの映画を鑑賞し、自作の原作になりそうな小説を読み漁っていたという。
実現こそしなかったが、アーネスト・ヘミングウェイやウラジミール・ナボコフといった文豪に脚本を依頼したこともあり、もし実現していたらどんな作品が出来上がっていただろうかと想像しないではいられない。

しかし、本書で著者が最も強調したかったメインテーマは、原題にある通り、ヒッチコックのダークサイド=暗部にある。
『断崖』(1941年)、『汚名』(1946年)、『泥棒成金』(1954年)あたりから、この巨匠の深層意識に潜む不安、妄想、性的欲望が徐々に表面化し、『サイコ』(1960年)、『鳥』(1963年)、『マーニー』(1964年)でよりあからさまな形を取るようになる。

この独特の分析には違和感を感じる読者も少なくないだろうが、一定の説得力を持っていることも確か。
『サイコ』で映画界に盤石の地位を築き、強大な権力をつかんだヒッチコックが、ついに自分の欲望を抑えきれなくなり、『鳥』と『マーニー』の撮影中、主演女優のティッピ・ヘドレンに執拗で悪質なパワハラ、セクハラに及ぶ。

もともと気難しく、けちで、しょっちゅう周囲のスタッフを振り回していたヒッチコックは、長年の美食、飲酒、不摂生の影響から、晩年は心身ともに映画を撮れる状態ではなくなる。
最終的にはヒッチコックに尽くしていた側近や友人をも寄せつけなくなり、1980年、失意のうちに80歳で他界した。

ヒッチコックが最後まで次回作を撮ろうと書き続けていたシナリオの内容は、終生、幼少期のトラウマから逃れようとあがいていた「暗部」が表現されている、と著者は指摘している。
もし本書をヒッチコックが読んだら、「俺はこんな人間じゃない!」と怒り出すかもしれないが。

😁😳🤔🤓

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スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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