『ドライブ・マイ・カー』🤩

179分 2021年 ビターズ・エンド
@新宿バルト9 シアター3 13:50〜

今月28日(日本時間)に授賞式が行われる第94回アカデミー賞に日本映画として初めて作品賞、監督賞、脚色賞など主要3部門(他に国際長編映画賞)にノミネートされて注目が集まっている話題作。
しかも我が故郷・広島が主要舞台になっており、授賞式の前に観ておかなければと思ってはいたものの、約3時間もの長さなので、きょうまでなかなか時間が作れなかった。

国際的評価の高い濱口竜介が監督・脚本を手掛け、世界的ベストセラー作家・村上春樹の短編小説を映画化し、確かな演技力と好感度の高さを誇る西島秀俊が主演したスタイリッシュな人間ドラマ、というのが観るまでのイメージ。
が、いざ実際に観てみたら、主役はひとりひとりの人間よりも、その人間たちが集まって創造する演劇というジャンルそのものであるかのような作品だった。

主人公・家福悠介(西島)は著名な舞台俳優兼演出家で、サミュエル・ベケットの古典的名作『ゴドーを待ちながら』の公演を行なっている。
これが単なる芝居ではなく、日本人とフランス人の俳優がそれぞれの母国語で科白をしゃべり、舞台の背景に字幕を流しながら演じる「多言語演劇」なのだ。

日本ではあまり馴染みがないものの、西洋の演劇界では一ジャンルとして確立されているそうで、日本でも外国語大学の演劇部などが学祭で公演をしているという。
この『ドライブ・マイ・カー』のクライマックスでは、家福の演出の下、広島国際演劇祭でアントン・チェーホフの代表作『ワーニャ伯父さん』がこの多言語劇として演じられる。

しかも、ワーニャ役の高槻耕史(岡田将生)は日本語、エレーナ役のジャニス・チャン(ソニア・ユアン)は北京語、ソーニャ役のイ・ユナ(パク・ユリム)は韓国語手話、そのほかにも英語に韓国語と、実に5種類の言語が飛び交うのだ。
こういう極めて特殊な芝居の公演が現実に日本で行われたことはないはずで、これをオーディションから本読み、稽古、リハーサル、本番まで、順を追って描いていく、というアイデアがすごい。

そして、この演劇の稽古が進行し、公演が近づいてくるにつれて、家福をはじめ、家福がワーニャに抜擢した高槻、家福の運転手を務める渡利みさき(三浦透子)ら、主要登場人物が胸に秘めていたおぞましい秘密、払拭できない悔恨が剥き出しになってゆく。
高槻と家福はかつて家福の妻・音(霧島れいか)を挟んで複雑な関係にあり、優れた運転技術を持つみさきには幼少期に母親に虐待された過去があった。

西島、岡田、三浦の告白をクローズアップで映し出したシーンが圧倒的な迫力に満ちている一方、ソニア・ユアンとパク・ユリムが戸外の稽古で「扉」を開ける場面も心に残る。
俳優の演技もそれぞれに見応えたっぷりで、西島と三浦はもとより、抑えた科白回しにゾッとするような狂気と魅力を感じさせる岡田、手話だけでなく表情の演技も極めてきめ細かなパク・ユリムが素晴らしい。

僕はこの映画を観て、チェーホフの『ワーニャ伯父さん』を読んでおいて本当によかった、と思ったと同時に、あの名作戯曲の本質がやっと理解できたような気になった。
というわけで、これからこの映画を観る方々には、たとえピンとこなくても、『ワーニャ伯父さん』を読んでおくことを強く推奨する次第です。

採点は90点。

2022劇場公開映画鑑賞リスト
※50点=落胆😞 60点=退屈🥱 70点=納得☺️ 80点=満足😊 90点=興奮🤩(お勧めポイント+5点)

1『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021年/米)90点

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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