『バグダードのフランケンシュタイン』アフマド・サアダーウィー😁😳🤓🤔

فرانكشتاين في بغداد/Frankenstein in Baghdad 
396ページ 翻訳:柳谷あゆみ 集英社 第1刷:2020年10月30日 第2刷:2021年2月20日 定価2400円=税別
原書発行:2013年

気鋭のイラク人作家が自分の暮らす首都バグダードを舞台に書き上げた現代の寓話として、昨年から大きな反響を巻き起こしている文学作品。
自爆テロが相次ぎ、街に散乱した市民の死体を継ぎ接ぎされて出来上がった「フランケンシュタインの怪物」が、自分の肉体の一部となった人々の復讐を果たすべく、夜ごとテロ事件の犯人や武装勢力の人間たちを殺して回る。

本作に描かれた時代は2005年で、イラクはサダム・フセイン政権の崩壊後、ちょうどアメリカをはじめとする多国籍軍の後ろ盾を得た暫定政権が成立したばかりだったという。
まだ対立する国内の諸勢力による小競り合いが続き、多国籍軍に対するテロ活動も依然として活発で、バグダード市民は爆弾テロによる生命の危険に晒されていた。

同年8月31日には大規模な自爆テロが行われるという噂がパニックを引き起こし、ティグリス川にかかるアインマ橋に多数の市民が殺到、将棋倒しになったり踏みつけられたり、川に投げ出されて溺れたりして、約1000人が死亡している。
本作に描かれたこの凄惨な事故は現実に起こった出来事で、イラク戦争以来、最大の人的災害とも言われた。

そうした中、古物商のハーディーは街中に散乱した死体のパーツを拾い集め、最後に残っていた顔の一部をはめ込み、新たな遺体「名無しさん」を作り上げた。
完成した「名無しさん」は新たな生命を得、自分の身体の一部となった人々の恨みを晴らすべく、彼らを死に至らしめた人間たちを次々に殺し始める。

もともとが死体である「名無しさん」は、銃撃されても倒れることなく、警官に追われると猛スピードで逃げてしまい、謎の連続殺人犯として世間やマスコミの注目を集めるようになる。
「名無しさん」は自分の復讐を「任務」と自任しており、使命感によって殺人を繰り返しているが、自分のパーツに使われた遺体ひとりぶんの復讐を果たすとその部分が溶けてしまうため、そのたびに別の死体から同じ部分のパーツを補充しなければならない。

「名無しさん」を捕らえて名を上げ、出世の足がかりにしようとしているのが、イラク当局の追跡探査局局長スルール・ムハンマド・マジード准将で、彼と手を組んでいるのが、幼馴染みで同い年の雑誌編集長アリー・バーヒル・サイーディー。
そのサイーディーが重用しているマフムード・サワーディーという駆け出しの若い記者が、古物商ハーディーを通して「名無しさん」にインタビューするチャンスをつかむ。

ある意味、純粋な目的を持って殺人を遂行している死者「名無しさん」に比べると、スルール、サイーディー、マフムード、ハーディーら生者たちは実利優先で行動しており、私利私欲のために「名無しさん」を利用しようとしている。
最終的な目的はもちろん、出世であり、金儲けであり、その両方を得た上での危険極まりないこの土地からの脱出だ。

一方、すでに海外へ移住した娘に何度もイラクを離れるよう説得されながら、頑として生地を離れようとしないウンム・ダーニヤール・イリーシュワーのような信仰心の厚い老婆もいる。
「名無しさん」を含め、それぞれ個性的なイラク人の人間群像、彼らが醸し出す濃厚な雰囲気に引き込まれながら読み進めるうち、彼らはどうなるのか、この国はどこに行こうとしているのだろうか、と現実のイラク社会にも通じる疑問が頭をもたげてくる。

フランスのドキュメンタリー『イラク崩壊・政治の舞台裏』(2021年)によると、1991年の湾岸戦争に端を発した国土破壊は電力不足や感染症の蔓延など、いまも甚大な被害をイラクにもたらしているという。
過激派組織IS(イスラム国家)の爆弾テロもいまだに続いており、そのたびに数十人の死傷者が出たというニュースが日本でも報じられている。

文学界に久しぶりに「フランケンシュタインの怪物」を復活させた本作は、そういうイラクという国、イラクの国民でなければ生み出し得なかった文学作品だろう。
ジャンルとしては帯にあるようなSFやディストピア小説に属するのかもしれないが、僕のようにバグダードに行ったことのない読者でも、彼の地の暑熱、爆風、土埃を感じたような気分にさせられる、そんなリアリティを感じさせる小説である。

😁😳🤓🤔

2021読書目録
面白かった😁 感動した😭 泣けた😢 笑った🤣 驚いた😳 癒された😌 怖かった😱 考えさせられた🤔 腹が立った😠 ほっこりした☺️ しんどかった😖 勉強になった🤓 ガッカリした😞

17『悔いなきわが映画人生』岡田茂(2001年/財界研究所)🤔😞
16『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』文化通信社編著(2012年/ヤマハミュージックメディア)😁😳🤓🤔
15『波乱万丈の映画人生 岡田茂自伝』岡田茂(2004年/角川書店)😁😳🤓
14『戦前昭和の猟奇事件』小池新(2021年/文藝春秋)😁😳😱🤔🤓
13『喰うか喰われるか 私の山口組体験』溝口敦(2021年/講談社)😁😳😱🤔🤓
12『野球王タイ・カップ自伝』タイ・カップ、アル・スタンプ著、内村祐之訳(1971年/ベースボール・マガジン社)😁😳🤣🤔🤓
11『ラッパと呼ばれた男 映画プロデューサー永田雅一』鈴木晰也(1990年/キネマ旬報社)※😁😳🤓
10『一業一人伝 永田雅一』田中純一郎(1962年/時事通信社)😁😳🤓
9『無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡』佐藤啓(2020年/桜山社)😁🤓
8『臨場』横山秀夫(2007年/光文社)😁😢
7『第三の時効』横山秀夫(2003年/集英社)😁😳
6『顔 FACE』横山秀夫(2002年/徳間書店)😁😢
5『陰の季節』横山秀夫(1998年/文藝春秋)😁😢🤓
4『飼う人』柳美里(2021年/文藝春秋)😁😭🤔🤓
3『JR上野駅公園口』柳美里(2014年/河出書房新社)😁😭🤔🤓
2『芸人人語』太田光(2020年/朝日新聞出版)😁🤣🤔🤓
1『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳(2000年/草思社)😁😳🤔🤓

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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