『止められるか、俺たちを』(WOWOW)

119分 2018年 若松プロダクション、スコーレ

2012年に代表の若松孝二監督が亡くなった若松プロダクションが、活動再開第1弾として製作した作品。
1969年から1972年初頭にかけて、若松プロに集った実在の映画人たちを描いた青春群像劇である。

となれば、若松孝二の自叙伝『俺は手を汚す』(1982年、ダゲレオ出版)を映像化したようなエロ、暴力、反逆のメッセージ満載の作品ではないか。
と期待したのだが、あそこまでベタで生々しい1970年前後の世界をそのまま再現してはおらず、現代の若い観客にも抵抗なく鑑賞でき、共感を呼ぶ人間ドラマに仕上げられている。

主人公は若松プロでチーフ助監督を務めていた吉積めぐみ(門倉麦)。
自分がやりたいことが見つからない、映画監督にはなりたいけど、何を撮りたいのかが自分でもわからない、という彼女が無給で下っ端の女官として悪戦苦闘するところから映画は始まる。

めぐみが若松の下で働きたいと思ったのは、彼の代表作『胎児が密漁する時』(1966年)を観て感動したかららしい。
一部マニアの間でカルト化しているピンク映画『処女ゲバゲバ』、『ゆけゆけ二度目の処女』(ともに1969年)の撮影現場、若松孝二が連合赤軍に肩入れするきっかけとなった『赤軍−PFLP・世界戦争宣言』(1971年)の全国行脚興行の裏話などが描かれる。

若松プロの中心的メンバーだった大和屋竺(大西信満)、足立正生(山本浩司)、秋山道男(タモト清風)、荒井晴彦(藤原季節)も実名で登場。
親交の深かった赤塚不二夫(音尾琢真)、大島渚(高岡蒼佑)、松田政男(渋川清彦)といった錚々たる顔ぶれに加えて、ゲージツ家のKUMAさん(篠原勝之)も本人役で顔を見せている。

しかし、井浦新演じる肝心の若松孝二像は、正直なところ、ぼくにはいまひとつピンとこなかった。
めぐみを主人公に据えたためもあってか、彼女にとっては最初から雲の上の人だった若松との距離感が大きく、リアリティーのある、熱や匂いを持った人物像として伝わってこないのだ。

めぐみは結局、劇場用映画の監督にはなれず、映画の連れ込み宿用の30分ポルノを1本撮っただけ。
映画の終盤には、妊娠6カ月で睡眠薬自殺を遂げたことが示唆される。

ぼくはここまで、てっきりめぐみは本作のために造形された架空のキャラクターだと思い込んでいたのだが、この最期を観て初めて実在の人物だとわかった。
恐らく、ぼくと同じように感じた観客も多いのではないだろうか。

それだけ、この〝若松プロ物語〟は胸に迫るような実感に乏しく、どこかフィクションめいて見えてしまうのである。
何を考えているのかわからないのに、終始観るものを惹きつける門倉の演技自体は評価したいが。

若松プロ出身の白石和彌としては、さすがに師匠や先輩たちの内面に切り込むのは躊躇いがあったのだろうか。
これまでの佳作『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)や『孤狼の血』(2018年)には及ばない結果に終わったと言わざるを得ない。

なお、ぼくは一度だけ、生前の若松さんにインタビューしたことがある。
根津仁香さんの著書『根津甚八』(2010年、講談社)の構成の仕事していたころ、指定された時刻よりかなり早めに大久保の喫茶店に行くと、若松さんはもうフロアの隅で待っていた。

釣り人のような帽子、ベスト、色の薄いサングラスという出で立ち。
当時はすでに手術と入退院を繰り返している状態で、その日も退院したばかりだったのだが、もうすぐ新作『キャタピラー』(2010年)がベルリン国際映画祭に出品されるから、このタイミングしかないと言われたのである。

「ベルリンでは(主演の)寺島しのぶに主演女優賞取らせるからな。
作品賞や監督賞なんか要らないんだよ、そんなもん取ったって、上映してくれる映画館が増えるわけじゃないだろ。

いまの寺島がベルリンで主演女優賞取ってみろ。
マスコミも飛びつくぞ」

「根津もどうしてあんなこと(うつ状態と車椅子生活)になっちゃったのか。
そのうち、俺の『連合赤軍』(『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』2008年)のDVDを送るから、観るように言っといてくれよ」

本作の井浦新による若松孝二像がピンとこなかったのは、あのインタビューの印象があまりに強烈だったからかもしれない。
2012年、若松さんが交通事故で亡くなったときは、仁香さんやKUMAさんと一緒にお通夜にも出席しました。

オススメ度C。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2019リスト
A=ぜひ!(*^o^*)  B=よかったら( ´▽`) C=気になったら(・・?)  D=ヒマだ ったら(。-_-。)
※ビデオソフト無し

104『モリーズ・ゲーム』(2017年/米)A
103『ガタカ』(1997年/米)A
102『デューン 砂の惑星』(1984年/米)C
101『ファイヤーフォックス』(1982年/米)C
100『デス・ウィッシュ』(2018年/米)C
99『人魚の眠る家』(2018年/松竹)A
98『焼肉ドラゴン』(2018年/ファントム・フィルム)B
97『アニメ 大好きだったあなたへ ヒバクシャからの手紙』(2019年/NHK広島放送局)A※
96『ひろしま』(1953年/北星映画)B※
95『硫黄島からの手紙』(2006年/米)A
94『父親たちの星条旗』(2006年/米)A
93『さすらいの一匹狼』(1966年/伊、西)C
92『リンゴ・キッド』(1966年/伊)C
91『皆殺し無頼』(1966年/伊)C
90『バリー・シール アメリカをはめた男』(2017年/米)A
89『スマホを落としただけなのに』(2018年/東宝)C
88『アントマン&ワスプ』(2018年/米)A
87『アイアンマン』(2008年/米)A
86『ミクロの決死圏』(1966年/米)C
85『クレオパトラ』(1963年/米)C
84『瞳の中の訪問者』(1977年/東宝)D
83『HOUSE ハウス』(1977年/東宝)C
82『マザー!』(2017年/米)B
81『アリー・イン・ザ・ターミナル』(2018年/米、英、愛、洪、香)D
80『ヴェノム』(2018年/米)B
79『ミッション:インポッシブル フォールアウト』(2018年/米)B
78『ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション』(2015年/米)A
77『ミッション:インポッシブル ゴースト・プロトコル』(2011年/米)C
76『M:i:Ⅲ』(2006年/米)B
75『M:i-2』(2000年/米)C
74『ミッション:インポッシブル』(1996年/米)C
73『ダンテズ・ピーク』(1996年/米)C
72『スーパーマン4 最強の敵』(1987年/米)D
71『スーパーマンⅢ 電子の要塞』(1983年/米)C
70『スーパーマンⅡ リチャード・ドナーCUT版』(2006年/米)B
69『スーパーマンⅡ 冒険篇』(1980年/米)A
68『スーパーマン ディレクターズ・カット版』(1978年/米)A
68『MEG ザ・モンスター』(2018年/米)C
67『search/サーチ』(2018年/米)A
66『検察側の罪人』(2017年/東宝)D
65『モリのいる場所』(2018年/日活)B
64『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』(2017年/米)B
63『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年/韓)A
62『ゲティ家の身代金』(2017年/米)B
61『ブルーサンダー 』(1983年/米)A
60『大脱獄』(1970年/米)C
59『七人の特命隊』(1968年/伊)B
58『ポランスキーの欲望の館』(1972年/伊、仏、西独)B
57『ロマン・ポランスキー 初めての告白』(2012年/英、伊、独)B
56『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2017年/米)A
55『ウインド・リバー』(2017年/米)A
54『アメリカの友人』(1977年/西独、仏)A
53『ナッシュビル』(1976年/米)A
52『ゴッホ 最後の手紙』(2017年/波、英、米)A
51『ボビー・フィッシャーを探して』(1993年/米)B
50『愛の嵐』(1975年/伊)B
49『テナント 恐怖を借りた男』(1976年/仏)B
48『友罪』(2018年/ギャガ)D
47『空飛ぶタイヤ』(2018年/松竹)B
46『十一人の侍』(1967年/東映)A
45『十七人の忍者 大血戦』(1966年/東映)C※
44『十七人の忍者』(1963年/東映)C
43『ラプラスの魔女』(2016年/東宝)C
42『真夏の方程式』(2013年/東宝)A
41『アベンジャーズ インフィニティ・ウォー』(2018年/米)B
40『マイティ・ソー バトルロイヤル』(2017年/米)B
39『ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー』(2018年/米)C
38『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』(2017年/米)D
37『デッドプール2』(2018年/米)C
36『スキャナーズ3』(1991年/加)C
35『スキャナーズ2』(1991年/米、加、日)C
34『スキャナーズ』(1981年/加)B
33『エマニエル夫人』(1974年/仏)C
32『死刑台のエレベーター』(1958年/仏)B
31『マッケンナの黄金』(1969年/米)C
30『勇気ある追跡』(1969年/米)C
29『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年/米)A
28『ドクトル・ジバゴ 』(1965年/米、伊)A
27『デトロイト』(2017年/米)B
26『クラッシュ』(2004年/米)A
25『ラ・ラ・ランド』(2016年/米)A
24『オーシャンズ13』(2007年/米)B
23『オーシャンズ12』(2004年/米)C
22『オーシャンズ11』(2001年/米)B
21『オーシャンと十一人の仲間』(1960年/米)B
20『マッキントッシュの男』(1973年/米)A
19『オーメン』(1976年/英、米)B
18『スプリット』(2017年/米)B
17『アンブレイカブル 』(2000年/米)C
16『アフター・アース』(2013年/米)C
15『ハプニング』(2008年/米)B
14『麒麟の翼〜劇場版・新参者』(2012年/東宝)C
13『暁の用心棒』(1967年/伊)C
12『ホテル』(1977年/伊、西独)C※
11『ブラックブック』(2006年/蘭)A
10『スペース・ロック』(2018年/塞爾維亜、米)C
9『ブラックパンサー』(2018年/米)A
8『ジャスティス・リーグ』(2017年/米)C
7『ザ・リング2[完全版]』(2005年/米)C
6『祈りの幕が下りる時』(2018年/東宝)A
5『ちはやふる 結び』(2018年/東宝)B
4『真田幸村の謀略』(1979年/東映)C
3『柳生一族の陰謀』(1978年/東映)A
2『集団奉行所破り』(1964年/東映)B※

1『大殺陣』(1964年/東映京都)C

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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