1年ぶりのジャイアンツ球場、久しぶりに会った昔馴染み⚾

きのう4日、午後1時50分

きのう4日は秋季キャンプたけなわの巨人の取材で、年甲斐もなくウキウキしながら1年ぶりにジャイアンツ球場に向かった。
ところが、京王よみうりランド駅に着いた途端、シトシト降り続いていた雨が本降りに。

少々ガッカリしながら室内練習場を覗くと、ちょうどライブBPが行われている最中で、松井秀喜新監督が一、二塁間に仁王立ちして見守っている。
松井監督が動くたび、大勢のカメラマンも集団で移動して、あたりに漂う騒然とした雰囲気は長嶋茂雄さんが監督復帰した1992年の秋季キャンプにそっくり。

メニューがフリー打撃に移ったら、今度は高橋由伸が松井監督に歩み寄り、2人並んでしばし雑談。
うーん、確かに絵になってるなあ、橋上秀樹監督代行が「私と川相(昌弘ディフェンスチーフコーチ)とは絵面が違う」と言っていたのもうなずけますね。

その川相コーチは来季も留任が決定し、この日は雨の中、サブグラウンドで若手の内野手を相手にノックバットを振っている。
室内練習場に戻る前、いつものように即席のサイン会を行い、ファンの男の子に「どうしたらバントがうまくなりますか?」と聞かれ、「練習だ、練習! 練習あるのみ!」と猛ゲキで回答。

元外野手で、現ファンサービス事業部の藤本健治氏は、この日も先頭に立って大勢のファンに対応している。
仕事の合間に声をかけたら、長嶋さんが背番号3を〝初公開〟した2000年の宮崎キャンプの話になり、「あれから25年以上経つんですね」と言われ、時の流れの速さと同時に、こうして思い出話のできる相手がいることのありがたさを感じた。

藤本氏「松井監督にもやってほしいですね、あの背番号を見せるパフォーマンス」
僕「そうだねえ。松井ほどのスターが監督をやるなんて、滅多にないことだからなぁ」

びっくりしたのは、クラブハウスの受付でかつてお世話になった元投手のご夫人で、現在球団職員の方と十数年ぶりに再会したこと。
元投手の方には日刊現代の社員記者だった頃、親しくさせて頂いており、たちまち遠い記憶が鮮明に蘇って、一瞬、鼻の奥がツーンとした。

こんなしがない年寄りの野球記者を、十数年もご無沙汰しているのに、しっかり覚えてくれていたことが何よりもうれしい。
こういう人がいてくれる間は、もう少し現場に通いたいなと思いました。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。2010〜2026年、東京スポーツでコラムや野球記事を連載。 日本文藝家協会会員。Yahoo!ニュース公式コメンテーター。
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