ゴジラ松井がシアトルで〝ジャイアンツ愛〟を語っていた頃⚾

2011年8月10日付東京スポーツ2面

きのう24日、東スポに掲載された松井監督の過去記事をアップしたらなかなか好評だった。
そこで、きょう25日は今から15年前、マリナーズの本拠地セーフコフィールドのクラブハウスでインタビューした思い出を書いておきたい。

松井は2009年にヤンキースからリリースされ、10年にエンゼルスへ移籍したのち、この年はアスレチックスでプレーしていた。
グリーンのビジター用ユニフォームは、ヤンキースや巨人のユニフォーム姿を見慣れているこちらの目には違和感があるかと思ったが、意外に似合っているようにも見える、と松井に言ったら、彼はニヤリと笑ってこう言った。

「そう? 自分ではまだ違和感があるんだけどねえ。
ただ、今おれがジャイアンツのユニフォームを着たら、もっと違和感があったりして」

当時、松井には日本球界復帰説がささやかれていた。
復帰するなら巨人以外には考えられないが、阪神からもマスコミを通じて入団を希望する発言があったりして、結構身辺が騒がしかった頃である。

その頃から、松井は「ジャイアンツを愛しています」と繰り返していた。
現役中はさすがに巨人の成績まで細かくチェックはしていなかったが、いつも気にかけていたという。

「そりゃあ気になりますよ。
試合の結果やチーム状態について、記者の人たちが時々教えてくれるもんで。

原監督をはじめ、一緒にやってた人がまだチームにいるしね。
今年は苦しんでるようですけど、クライマックスシリーズに出場できれば、日本一のチャンスをつかめるんだから」

この年、中日から巨人に復帰し、二軍監督に就任した川相昌弘は、「日本に戻ってきてはいけないと松井に伝えてほしい」と言っていた。
「メジャーへ行った以上は、そこで現役を終えるべきだ」というのだ。

「そうですか、川相さんがそんなことをね。
ありがとうございます。

僕からも川相さんによろしくお伝えください。
ジャイアンツの二軍でいい若手をいっぱい育てて、ジャイアンツを強いチームにしてほしいと」

今になって当時の発言を振り返ると、松井はあの頃から巨人の監督になるイメージを抱いていたような気もする。
いや、15年も前にそんなことまで考えているわけないか。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。2010〜2026年、東京スポーツでコラムや野球記事を連載。 日本文藝家協会会員。Yahoo!ニュース公式コメンテーター。
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