もらうべきか、もらわざるべきか、田舎の流儀と人間カンケイ

竹原の銘酒 竹鶴酒造の小笹屋竹鶴 生酛純米大吟醸

今回の帰省では、12日㈮午後に実家へ帰り着いた早々、玄関のドアホンが鳴らされた。
誰かと思ったら、「シシンヨーです!」

…広島市信用金庫の営業でした。
ひょっとしたら、両親から相続した金融資産を目当てに営業をかけてきたのかもしれないが、新たに口座を開くほど蓄えが増えたわけではないし、それにそもそもまだ生活の拠点は東京にあるのだから、シシンヨーとお付き合いするメリットは何もない、というわけで、丁重にお引き取り願いました。

2日目の13日㈯は実家の近くまで草刈りに来られた元自治会長の方にご挨拶。
家の前のモクレンの剪定をしてもらい、そう言えば、近所の一にはまだ母親が亡くなったことをお知らせしていなかったことに気づいた。

そこで初めて母親の他界を打ち明けると、「自治会で香典を出しましょう」と元会長さん。
お気持ちはありがたいけれど丁重にご辞退申し上げますと言ったのだが、「いやいや、自治会のルールですから、今すぐ連絡しておきます」と、その場では押し切られてしまった。

3日目の14日㈰、近所のドラッグストアひまわりで買物をしていたら、今度は旧知の元市役所の方から突然、久々の電話。
「とりあえずそこにいてください。今行きますから」と言われ、待っていたら車で現れ、「遅くなりましたが、これをどうぞ」と酒店の店名が入った紙袋を渡された。

「迂闊にもしばらくFacebookを見ていなかったので、お母様が亡くなられたことを知らなかったんです。
今ごろ香典をお渡しするのもどうかと思いますから、御供として受け取ってください」

それが画像の竹鶴酒造の銘酒、小笹屋竹鶴・生酛純米大吟醸である。
ありがたくいただきました。

同じ日の午後、今度は現自治会の方が来宅。
前日に元自治会長さんから連絡を受け、お香典を持ってこられたのです。

しかし、亡くなった母は先に父が亡くなった4年前、自分の喪服がどこにあるかはわからなくても、こと香典に関してだけは「もろうちゃあいけんよ!」と繰り返していたほどの〝信念〟の持ち主。
父の通夜に元会長をはじめ自治会の方々が香典を持参された際にも、いったん香典を受け取ったことにして、そのお金を自治会に寄付する、という形にさせていただいた、という経緯もある。

お母さんが亡くなったんだからもうもらってもいいか、と考えても誰にも責められないだろうが、お母さんが生きていたら、「お父さんの時にもらわずにおいて、わたしが死んだらもらうんか!」と、こっぴどく怒られるに違いない。
というわけで、自治会の方には、わざわざ拙宅まで足を運ばれたことへの丁重なお詫びを申し上げた上で、香典はお持ち帰りいただきました。

田舎はノンビリしているようで、それなりにいろいろな人間カンケイもあります。
これで正しかったのかなと、心の中にモヤモヤを感じながら、15日㈪の夜はいつもの居酒屋〈道草〉でいつものように照蓮寺の住職と地魚をつまみながら杯を重ねておりました。

道草の刺し盛り アコウ(左)とコチ(右)が美味かった
スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。2010〜2026年、東京スポーツでコラムや野球記事を連載。 日本文藝家協会会員。Yahoo!ニュース公式コメンテーター。
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