ジャイアンツ球場は今⚾️

手前は室内練習場、右奥は1963年に作られたスキージャンプ台の〝遺構〟

先週に引き続き、今週から〝インタビュー3連投〟Part2がスタート!
きょうがその初日で、取材場所はジャイアンツ球場でした。

1月、2月も巨人が行ったPCR検査を受けるためにここへ来たけれど、本業である野球の取材で訪ねたのは一昨年以来、2年ぶり。
ネット裏スタンドに腰を下ろし、改めて周囲を見回すと、いろいろと風景が変わったことに気づく。

まず、このネット裏に日除けの庇、背もたれ、座面のクッションがついた〝特別席〟ができていた。
この球場の内野スタンドは長年、二軍のイースタン・リーグ戦がデーゲームで行われるにもかかわらず、直射日光からの逃げ場がなかったので、遅ればせながら一部でもこういう席が作られたのは喜ばしい。

次に、球場の右上にできた大きな立体駐車場にも、きょう初めて気がついた。
僕がここへ足繁く通っていた第2次藤田監督時代(1989〜1992年)、第2次長嶋監督時代(1993〜2001年)までは、駐車場の手前に室内練習場やウエートトレーニングルーム、ミーティング用の別棟があったんだよね。

きょうは午前9時ごろから二軍がジャイアンツ球場で練習を行い、午後1時から三軍に交代。
その午後1時ごろから二軍は室内練習場で個別練習に入り、阿部二軍監督が岸田に延々と打撃指導を続けていました。

これが終わらない午後2時半ごろ、ライトスタンドの後ろにあるブルペンを見たら、三軍の投手が投球練習を開始。
二岡三軍監督が捕手の後ろに立って見ている投手がいるから、誰かと思って駆けつけたら、そこで広報さんからインタビュー開始のお知らせが入った。

ご協力いただいた巨人の関係者の方々、N誌の編集さん、カメラマンさん、どうもありがとうございました!
ファームの選手や指導者のみなさんも頑張ってください!

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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