カープとお洒落とお母さん

左から衣笠祥雄 宮本幸信 三村敏之

実家で両親の遺品を整理していたら、カープが初優勝した1975年のシーズンオフ、サイン会でもらった色紙が出てきた。
連続試合出場記録を樹立して鉄人の異名を取った衣笠祥雄さん、抑え投手でありながら球審に跳び蹴りした逸話で知られる宮本幸信さん、それに2番ショートでいぶし銀的存在だった三村敏之さん。

初優勝を記念して行われたこのサイン会は、そごう、三越、福屋、天満屋と、広島市の主要百貨店4店で同日同時間に行われたと記憶している。
確か、監督の古葉竹識さん、4番で首位打者となった山本浩二さん、20勝して最多勝のタイトルを獲得したエース外木場義郎さん、衣笠さんと、初優勝の主役が別々の百貨店に登場し、それぞれに2人ずつ脇役的な選手が配された。

衣笠さんたちのサイン会はそごうで行われており、4店のうちどこに行きたいかと親に聞かれて、僕が選んだ。
衣笠さんのファンだったからでもあるが、主力に比べてマスコミにインタビューされることの少なかった2番ショート三村さんがどんな人なのか、一度直に接してみたかった、という興味もあった。

そんな中学1年生だった少年が、のちに野球記者になり、巨人の2番ショート川相昌弘さんを主人公にした『バントの神様』を著すことになる。
だから、あのサイン会が今日への道筋をつけるきっかけの一つになった、と言えるかどうかまではわからないが。

達川光男さんと僕

達川光男さんとのツーショットはやはり1990~2000年代のシーズンオフだと思う。
どちらもネクタイを締めているから、達川さんがカープの監督を務めていた99、00年のドラフト会議かもしれない。

僕が着ているFENDIのセーターとDAKSのシャツは、どちらも母にもらったもの。
大変な着道楽だった母は、自分が着飾るのはもちろん僕や父の服を見立てることにも熱心で、里帰りするたびに「これを着んさい」とシャツ、ポロシャツ、セーター、マフラーなどをプレゼントしてくれた。

「服は安いもんより、高くてもええもんを買わんといけん。
安いもんはすぐダメになるけど、高いもんは大切に着たらずーっともつけんね」

そんな母の言葉通り、FENDIのセーターとDAKSのシャツは20年以上経った今もまだくたびれておらず、時々着ている。
おかげで、顔や容姿は褒められなくても、服のセンスだけは「いつもいいものを着てますね」「お洒落だなあ」などと言われることが少なくない。

そういうことを、俺はなぜ、ちゃんとお母さんに伝えておかなかったのか。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。2010〜2026年、東京スポーツでコラムや野球記事を連載。 日本文藝家協会会員。Yahoo!ニュース公式コメンテーター。
先頭に戻る