両親の遺影を掛け直す

親父の桜が並ぶわが家の前

今回の帰省で最初にやりたかったのが、母の遺影を仏壇の間に掛けることだった。
葬儀の後は何かと気忙しく、居間の58インチテレビの左隣、文机の上に立てかけたまま。

その時から、「いつまでこんなところに置いておくんね」と言われているような気がしていた。
が、すぐに仏壇の間に掛けるには、少々手間が必要だった。

仏壇の間にはもともと、祖父母の遺影が掛けられていた。
父が生前、額縁、フック、額縁用の三角布団を使い、仏壇の間を見下ろすように掲げている。

2022年にその父が亡くなると、僕は祖父母の遺影と同じフックと布団を購入し、祖父母の右隣に父の遺影を掛けた。
その隣に母の遺影を掛けるには、祖父母と父の遺影を並べ替え、額縁が収まるだけのスペースを作らなければならない。

祖父母や父と同じフックと三角布団も要る。
父も母も、そういう細かい格好を付けることには人一倍気を使う性格だったから。

ただ、父の遺影を飾る時、どこでフックと三角布団を買ったのか思い出せない。
たぶんダイソーだろうと思って行ってみたが、扱いがなかった。

そうしたら、2日に線香をあげに来てくれた従弟の奥さんが、ダイソーの近所のジュンテンドーにあると教えてくれた。
こうして、3日の所期の目的を達成することができたのである。

父・博通(左:生前家族3人で朝食を摂っている際、僕がスマホで撮影したもの)
母・邦子(右:生前行きつけの美容院へ連れて行き、カットとカラーをしてもらった後、家まで送ってもらった美容師さんに僕のスマホで撮ってもらった)
両親の右隣に祖父・茂 祖母・ミノブ

「何か、今にも伯母さんが話しかけてきそうじゃね」と従弟の奥さんは言った。
遺影を一番左に移した時は、父の目も「ありがとう」と語りかけているように感じられた。

もちろん、気のせいである。
ただ、こういうことをきちんとやっておくと、いまだに引きずっている喪失感がほんの少し和らいだように思えるのも確かなのです。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。2010〜2026年、東京スポーツでコラムや野球記事を連載。 日本文藝家協会会員。Yahoo!ニュース公式コメンテーター。
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