カルビ丼と小さな大魔神⚾️

〈欅〉のカルビ丼750円

神宮は僕が初めて取材に訪れた球場である。
1988年6月14日のヤクルト-巨人戦だった。

そういうことをなぜ正確に覚えているのかというと、この試合で巨人の外国人・呂明賜が初打席初本塁打を放ち、一躍時の人となったからだ。
そのころ、神宮の球場メシと言えば、蕎麦とうどん、カレー、弁当が数種類、それに〈欅〉の丼物ぐらいしかなかった。

ここへ来るたび、〈欅〉の肉が硬いカルビ丼を何度食べたことか。
当時の値段は600円で、スタンドへ持って上がるお客さん用にプラ容器、記者席で食べる僕たち報道陣用に陶器の丼が使われており、親父さんがぎゅうぎゅうご飯を詰めてくれ、取り放題の紅生姜を山ほど乗せてがっついたものです。

きょうは試合前、久しぶりにそのカルビ丼で腹ごしらえ。
値段は750円に上がり、プラ容器で統一された器にはフタが付き、紅生姜も小袋入りに変わったけれど、独特の味と肉の硬さはいまも変わらず。

試合はきのうに続いてヤクルトがDeNAに連勝し、カード連続負け越しを8でようやくストップ。
遅ればせながら、本拠地・神宮のファンを喜ばせていました。

僕が気になったのは、DeNAの〝元守護神〟山﨑の使われ方。
きのうは1点ビハインドの八回、きょうは4点ビハインドの六回と、いずれも負け試合の中継ぎとして登板させられているのだ。

しかも、内容が芳しくない。
きのうは2死を取ってから四球とヒットでピンチを作り、きょうは1死から中山にソロ本塁打を打たれて点差を5に広げられてしまった。

もうひとつ気になることを付け加えると、山﨑がこんなところで出てきて、こういう結果を招いても、スタンドのお客さんがざわめいたり、声を上げたりしなくなった。
昨年7月、通算150セーブを史上最年少の26歳9カ月で達成し、「小さな大魔神」という称号を盤石のものにしていたのが、いまでははるか昔のことのように思えてしまう。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』、WEDGE Infinity『赤坂英一の野球丸』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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