『深夜の告白』(NHK-BSP)🤗

Double Indemnity 107分 1944年 
アメリカ=パラマウント・ピクチャー、ユニバーサル・ピクチャーズ 日本公開:1953年

映画史に残る巨匠ビリー・ワイルダー初期の傑作で、フィルム・ノワールの古典としても高く評価されている名作。
現在、ミステリやサスペンス映画の一ジャンルとなっている保険金殺人を初めて作品化した映画としても重要な先例となっている。

原作はジェームズ・M・ケインの原題同名小説『倍額保険』。
1927年、アメリカ社会を震撼させたという保険金殺人事件「ルース・スナイダー事件」をモデルにしたミステリである。

これを監督のワイルダーとミステリ作家レイモンド・チャンドラーが共同で脚本化。
主人公の保険外交員ウォルター・ネフ(フレッド・マクマレイ)が深夜に会社のオフィスに現れ、録音機に「おれは女を殺した」という告白を吹き込むところから本筋に入っていく。

いわゆる倒叙法で、これも今日では定着している手法だが、フィルム・ノワール作品に採り入れたのは本作が初めてだという。
このスタイルがいささかも古びて見えないという以上に、最近の映画とは比べ物にならないほど、全編に渡って見事な効果をあげている。

ネフのモノローグ兼ナレーションは、彼が自動車保険の顧客である実業家ディートリクソン(トム・パワーズ)の邸宅を訪ねるところから始まる。
そこで出会った若き後妻フィリス(バーバラ・スタンウィック)が亭主に関する不満を漏らしながらネフを誘惑し、こっそり傷害保険をかけて殺してしまおうと持ちかける。

このくだり、最初のうちは名うての女たらしでもあるネフがリードして不倫関係に持ち込むが、フィリスが徐々に本性を現し、積極的にネフをそそのかして殺人計画を進めるようになる。
こういう女性像自体、当時の保守的な映画界では忌避される傾向が強かったが、スタンウィックは金髪のカツラで大胆な役作りに挑み、アカデミー主演女優賞にノミネートされたのみならず、ファム・ファタール(男を破滅させる魔性の女)の一典型を造形することに成功した。

ネフとフィリスは夜行列車からの転落事故を装ってディートリクソンを殺すことに成功。
警察が事故死と断定し、契約上の特約で倍額の10万ドルの保険金が支払われるのを待っていると、同じ保険会社の調査員で、ネフの親友でもあるバートン・キーズ(エドワード・G・ロビンソン)が保険金の差し止めにかかる。

ディートリクソンは傷害保険に入ってから2週間ほどしか経っておらず、時速25㎞の列車から転落しただけで首の骨を折って死ぬとは考えにくい、おれの中の相棒(カンのこと)がそう知らせている、とキーズは主張。
キーズの優れた調査能力を熟知しているネフは、保険金は諦めようとフィリスに持ちかけるが、ここに至ってこの悪女が本性を露わにする。

スーパーマーケットの食品売り場で「途中下車はできないわよ」と告げるスタンウィックの表情はまさにオスカー級の恐ろしさ。
その後、ディートリクソンの前妻の娘ローラ(ジーン・ヘザー)にフィリスの正体を知らされたネフは、自分がフィリスをたらし込んでいたつもりで、実はまんまと保険金殺人のために利用されていたことを知る。

一方、キーズは事件の夜、列車でディートリクソンと会話を交わしたジャクソン(ポーター・ホール)をオフィスに呼び、ネフの目の前で重要な証言を引き出して見せる。
作品の要所要所で熱弁を振るうロビンソンの演技は、調査員ならではの鋭さを感じさせながら、コミカルな雰囲気も漂わせ、作品全体に緩急をつける絶好のアクセントになっている。

キーズは葉巻をくわえるたびにライターを探してポケットをまさぐり、その都度ネフがマッチに爪で火を点けて差し出すと、キーズが葉巻の先を火にかざすのではなく、ネフからマッチごと受け取って火をつけ、自分でマッチを捨てる。
ネフとキーズの仲の良さを暗示するこの演技が何度か繰り返され、ネフが告白を終えたラストに〝最後の一服〟がつけられるアイデアが素晴らしい。

これほど無駄な場面がひとつもなく、必要不可欠な要素だけで出来上がっている映画は珍しい。
しかも、チャンドラーがシナリオに参加しているだけあって、ウィットに富んだ科白が続出し、しゃべる役者が全員魅力たっぷりときているのだから、もうあらゆる娯楽映画のお手本と言ってもいいでしょう。

オススメ度A。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2020リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら😏  D=ヒマだ ったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録

86『救命艇』(1944年/米)B※
85『第3逃亡者』(1937年/英)B※
84『サボタージュ』(1936年/英)B※
83『三十九夜』(1935年/英)A※
82『ファミリー・プロット』(1976年/米)A※
81『引き裂かれたカーテン』(1966年/米)C
80『大いなる勇者』(1972年/米)A※
79『さらば愛しきアウトロー』(2018年/米)A
78『インターステラー』(2014年/米)A
77『アド・アストラ』(2019年/米)B
76『FBI:特別捜査班 シーズン1 #16ラザロの誤算』(2019年/米)C
75『FBI:特別捜査班 シーズン1 #15ウォール街と爆弾』(2019年/米)C
74『FBI:特別捜査班 シーズン1 #14謎のランナー』(2019年/米)D
73『FBI:特別捜査班 シーズン1 #13失われた家族』(2019年/米)D
72『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン2』(2014年/米)A
71『記憶にございません!』(2019年/東宝)B
70『新聞記者』(2019年/スターサンズ、イオンエンターテイメント)B
69『復活の日』(1980年/東宝)B
68『100万ドルのホームランボール 捕った!盗られた!訴えた!』(2004年/米)B
67『ロケットマン』(2019年/米)B
66『ゴールデン・リバー』(2018年/米、仏、羅、西)B
65『FBI:特別捜査班 シーズン1 #12憎しみの炎』(2019年/米)B
64『FBI:特別捜査班 シーズン1 #11親愛なる友へ』(2019年/米)B
63『FBI:特別捜査班 シーズン1 #10武器商人の信条』(2018年/米)A
62『FBI:特別捜査班 シーズン1 #9死の極秘リスト』(2018年/米)B
61『病院坂の首縊りの家』(1979年/東宝)C
60『女王蜂』(1978年/東宝)C
59『メタモルフォーゼ 変身』(2019年/韓)C
58『シュラシック・ワールド 炎の王国』(2018年/米)C
57『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン1』(2013年/米)A
56『FBI:特別捜査班 シーズン1 #8主権を有する者』(2018年/米)C
55『FBI:特別捜査班 シーズン1 #7盗っ人の仁義』(2018年/米)B
54『FBI:特別捜査班 シーズン1 #6消えた子供』(2018年/米)B
53『FBI:特別捜査班 シーズン1 #5アローポイントの殺人』(2018年/米)A
52『アメリカン・プリズナー』(2017年/米)D
51『夜の訪問者』(1970年/伊、仏)D
50『運命は踊る』(2017年/以、独、仏、瑞)B
49『サスペクト−薄氷の狂気−』(2018年/加)C
48『ザ・ボート』(2018年/馬)B
47『アルキメデスの大戦』(2019年/東宝)B
46『Diner ダイナー』(2019年/ワーナー・ブラザース)C
45『ファントム・スレッド』(2017年/米)A
44『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年/米)B
43『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019年/米)A
42『スパイダーマン:ホームカミング』(2017年/米)A
41『ビリーブ 未来への大逆転』(2018年/米)B
40『ワンダー 君は太陽』(2017年/米)A
39『下妻物語』(2004年/東宝)A
38『コンフィデンスマンJP ロマンス編』(2019年/東宝)C
37『FBI:特別捜査班 シーズン1 #2緑の鳥』(2018年/米)A
36『FBI:特別捜査班 シーズン1 #1ブロンクス爆破事件』(2018年/米)B
35『THE GUILTY ギルティ』(2018年/丁)A
34『ザ・ラウデスト・ボイス−アメリカを分断した男−』(2019年/米)A
33『X-MEN:アポカリプス』(2016年/米)B※
32『X-MEN:フューチャー&パスト』(2014年/米)C※
31『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』(2011年/米)B※
30『X-MEN:ダーク・フェニックス』(2019年/米)D
29『ヴァンパイア 最期の聖戦』(1999年/米)B
28『クリスタル殺人事件』(1980年/英)B
27『帰ってきたヒトラー』(2015年/独)A※
26『ヒトラー〜最期の12日間〜』(2004年/独、伊、墺)A
25『ヒトラー暗殺、13分の誤算』(2015年/独)A
24『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』(1986年/米)B
23『大脱出2』(2018年/中、米)D
22『大脱出』(2013年/米)B
21『記者たち 衝撃と畏怖の真実』(2018年/米)B
20『ハンターキラー 潜航せよ』(2018年/米)C
19『グリーンブック』(2018年/米)A
18『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』(2017年/英、米)B
17『天才作家の妻 40年目の真実』(2018年/瑞、英、米)B
16『デッドラインU.S.A』(1954年/米)B
15『海にかかる霧』(2014年/韓)A※
14『スノーピアサー』(2013年/韓、米、仏)A※

13『前科者』(1939年/米)
12『化石の森』(1936年/米)B
11『炎の人ゴッホ』(1956年/米)B※
10『チャンピオン』(1951年/米)B※

9『白熱』(1949年/米)A
8『犯罪王リコ』(1930年/米)B
7『ユリシーズ 』(1954年/伊)C
6『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(2017年/泰)B
5『七つの会議』(2019年/東宝)A
4『キャプテン・マーベル』(2019年/米)B
3『奥さまは魔女』(2005年/米)C
2『フロントランナー』(2018年/米)B
1『運び屋』(2018年/米)A

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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