無銭飲食をしてごめんなさい😞

慈恵医大病院の出入口では常に検温と問診が行われている

きょうは2カ月に一度、慈恵医大で採血と診察の日。
朝8時過ぎに血液検査を受け、9時過ぎから担当のH先生に診察、というか、講評を受ける。

昨年からの懸案だったコレステロール値は投薬の効果もあって今回も基準値内に収まっており、γ−GTPもきのうのサイクリング後に缶ビールを2本、缶チューハイを1本飲んだ割に、それほど高い数値を示していない。
その代わり、中性脂肪が前回より2ポイント上がっていて、やはりまだ酒か栄養が多過ぎる、と言われた。

今月は6日連続ハマスタ&中華街ツアーなんてやっちゃったからなあ。
と打ち明けたら、僕より一回りは若い(ように見える)担当医のHさんは苦笑いするばかりでした。

久しぶりに柴孝也先生にも会ったあと、江戸川橋まで戻って〈ぱぱす〉で薬を処方してもらい、有楽町線、 JR総武線を乗り継いで新小岩へ。
きのうサイクリングの最中に寄った町中華の〈五十番〉を訪ね、未払いだった代金を支払いました。

ここは荒川河川敷コースのランチポイントで、きのうはマイ定番メニューのオムライス、野菜スープ、おろしニンニク(いずれもボリュームたっぷり)計1080円を注文。
お〜し、さあ食うぞ〜! とワクワクしながら料理を待っていた最中、はっ! と財布を忘れてきたことに気がついた。

このお店、いかにも昔ながらの町中華らしく、キャッシュレスやカード払いにはまったく対応していない。
仕方なく「すみません! 実は…」とママさんに打ち明けたら、「ああ、いいわよ、この次で」。

すでにオムライスも野菜スープも出来上がっていたので、お言葉に甘えて全部平げたあと、「お金は必ず明日持ってきます!」と言いましたよ。
でもママさんは、「いいの、いいの、今度自転車でこのへんまで回ってきたときで」。

僕は1987年から7〜8年、新小岩の1Kアパートに住んでいて、〈五十番〉は当時何度も通っていた。
その後、新小岩から赤羽、現在の神楽坂へ引っ越し、しばらく疎遠になっていたんですが、ロードバイクにハマった2001年ごろから2カ月に一度くらい、サイクリングの最中にまた寄るようになった。

そういう昔馴染みだから、ママさんも「次でいいわよ」と言ってくれたんでしょうね。
町中華には僕みたいな粗忽者のお客さんも多いだろうし。

でも、僕のことは恐らく、昔は日刊ゲンダイ、いまは東スポにコラムを書いているアカサカとかいう記者さん、ぐらいしか認識していないはず。
名刺を置いていったこともないから、ママさんも2人いるベテランの調理人も、誰も僕の連絡先を知らない。

それなのに、この世知辛いご時世で、嫌な顔ひとつせず、「次でいいわよ。このへんを回ってきたときで」と言えるのが、ある意味、すごい、と思った。
最初に通い始めた1987年からかれこれ33年、この繋がりを途切れさせたくないと思って、1080円を払いに行ったわけです。

まあ、ただ単に、いいトシをして、無銭飲食した分をちゃんと払ってきた、というだけの話なんだけどね。
ついでに、きのう食べた3点セットの画像も載せておきます。

若いころは普通に食べられたけど、いまはサイクリングの最中でないと無理😓

こんなに食べて、帰宅してからビールやチューハイも飲んだ翌日、血液検査を受けたら、そりゃ中性脂肪が低いわけがないよな〜。
…というオチでした。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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