『あばずれ』(TOEIch)

 緑魔子が珍しくひたむきで純粋無垢な少女を演じたラブストーリー、というよりは下町の人情ドラマ。
 舞台は埼玉県川口市、荒川放水路脇の貧民街にある天国荘という木賃宿のようなベッドハウスで、この時代にはこういう集合住宅があったということにまず驚かされる。

 真ん中の通路の両脇にベッドと居住空間が並んでいる構造は、現代で言えば被災地の仮設住宅のレベルにも達しない避難所の段ボールで仕切られたフロアのよう。
 緑演じる松永ユキは、この建物で一緒に暮らす穀潰しの父・民三(河合絃司)と食いしん坊の弟・ケンジ(白井武雄)の面倒を見ている。

 天国荘の中にはテレビはもちろんラジオもない。
 缶詰工場で日銭を稼いでいるユキの唯一の楽しみは、同じ天国荘で暮らす石焼き芋屋の速見源造(大坂志郎)から、彼がサーカス団の空中ブランコ乗りだった時代の思い出話を聞くことだった。

 生活は苦しく、缶詰工場の経営も傾く中、民三はバクチに明け暮れて子供たちを顧みようとしない。
 その民三がユキの稼いだ金を同じ天国荘の後家に貢ぎ、妊娠させていることを知ると、ユキは怒って家出してしまう。

 ここで一念発起、実在するキグレサーカスの門をたたいたユキは、座長・野口辰五郎(志村喬)に強引に頼み込み、住み込みで働きながらブランコ乗りを目指すことになる。
 団員たちにバカにされるユキに、自ら手ほどきを買って出たのが花形ブランコ乗りの梅村哲次(待田京介)。

 しかし、この哲次は裏でポン引き稼業にいそしみ、追っかけの女の子たちに売春をさせていて、いずれはユキも商売物にしようと企んでいた。
 その毒牙にかけられる寸前、哲次のライバルだった矢代三郎(山本豊三)がユキの師匠を買って出る。

 ユキは順調にブランコ乗りとして順調に成長していくが、嫉妬に駆られた哲次に風呂場でレイプされてしまった。
 処女だったユキが悲嘆に暮れているところへ、元女郎だという先輩の女性団員が、「誰にも言うんじゃないよ。女の立場は弱い。忘れるのが一番だ」と諭す場面が時代を偲ばせる。

 そして、いよいよユキのデビューが決まり、大喜びしていた直後、激しいつわりが始まって、ユキが一度のレイプで哲次に妊娠させられていたことがわかる。
 激怒した三郎は哲次を刺して行方をくらまし、ユキはブランコから自ら飛び降りて流産。

 傷心のうちにキグレサーカスを去ったユキは、錦糸町でポン引きに身を持ち崩した三郎と再会。
 ふたりで安いラブホテルに入り、不幸の連続だった中、ここまできてやっと甘く幸せなひとときを味わう。

 ところが、そこへドカドカと乗り込んできた三郎の兄貴分(八名信夫)たちがユキを商売物にしろと迫り、これに逆らった三郎は乱闘のあげく刺されて死亡。
 身も心もボロボロになったユキが天国荘に舞い戻り、石焼き芋屋の源造に「お父ちゃんとケンジは?」と聞くと、「ユキがいなくなってから、あいつらもどこかへ行っちゃったよ」。

 とうとう、本当に一人ぼっちになってしまった。
 ユキは泣く、文字通り、火がついたように泣く。

 まったくもって救いがないと思われた次の場面、カットが変わると、晴れ上がった空の下、荒川の土手をユキが石焼き芋の屋台を引いて歩いている。
 そして、映画はユキのこのセリフ、緑魔子ならではの歌うような声で締めくくられる。

 「い~しや~きいも~♪」

 どれほど傷つき、打ちのめされても、人生には希望がある。
 そういうことを、これほど切実に訴えているように聞こえるセリフは滅多にない。

 『風と共に去りぬ』(1939年)のスカーレット・オハラが言う「明日があるわ」より、よっぽど「明日がある」ことを信じたい、という思いが身に沁みる。
 埋もれた名作とは、こういう映画のためにある。

 なお、本作はこの東映チャンネルでの放送がテレビ初放送だったそうで、一度もVHS化、DVD化されておらず、有料動画配信も行われていないという。
 実にもったいない。

 オススメ度A。

(1966年 東映 87分 モノクロ)

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2018リスト
※A=ぜひ!(^o^) B=よかったら(^^; C=ヒマなら(-_-) D=やめとけ(>_<)

141『審判』(1962年/仏、伊、西独)C
140『残像』(2016年/波)A
139『ある過去の行方』(2013年/伊朗)A
138『別離』(2011年/伊朗)A
137『クリード チャンプを継ぐ男』(2015年/米)A
136『キングスマン:ゴールデン・サークル』(2017年/英、米)C
135『007 ダイ・アナザー・デイ』(2002年/英、米)B
134『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年/英、米)B
133『007 ゴールデンアイ』(1995年/英、米)A
132『ジオストーム』(2017年/米)C
131『ザ・サークル』(2017年/米)C
130『殺人の告白』(2012年/韓)A
129『日本暗黒街』(1966年/東映)C
128『博徒仁義 盃』(1970年/東映)C
127『ビジランテ』(2017年/東京テアトル)A
126『ジョーカー・ゲーム』(2015年/東宝)C
125『007 消されたライセンス』(1989年/英、米)A
124『007 リビング・デイライツ』(1987年/英、米)B
123『007 オクトパシー』(1983年/英、米)C
122『007 黄金銃を持つ男』(1974年/英、米)C
121『チェンジリング』(2008年/米)A
120『エル ELLE』(2016年/仏、白、独)A
119『女王陛下の007』(1969年/英、米)C
118『007 スペクター』(2015年/英、米)B
117『007 慰めの報酬』(2008年/英、米)C
116『007 カジノ・ロワイヤル』(2006年/英、米)C
115『暴走パニック 大激突』(1976年/東映)C
114『お尋ね者七人』(1966年/東映)B
113『忍者狩り』(1964年/東映)C
112『十兵衛暗殺剣』(1964年/東映)B
111『十三人の刺客』(1963年/東映)B
110『地上最大のショウ』(1952年/米)A
109『スリーピー・ホロウ』(1999年/米)A
108『モネ・ゲーム』(2012年/米)C
107『猿の惑星:聖戦記(グレート・ウォー)』(2017年/米)A
106『IT イット “それ”が見えたら、終わり。』(2016年/米)C
105『ジェイソン・ボーン』(2016年/米)A
104『ボーン・レガシー』(2012年/米)C
103『ハンス・ジマー ライブ・イン・プラハ』(2017年/米)B
102『夕陽の群盗』(1972年/米)B
101『アウトロー』(1976年/米)A
100『スラップ・ショット』(1977年/米)B
99『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』(2017年/東宝)C
98『女囚さそり 701号怨み節』(1973年/東映)B
97『女囚さそり けもの部屋』(1973年/東映)B
96『女囚さそり 第41雑居房』(1972年/東映)B
95『女囚701号 さそり』(1972年/東映)A
94『風来坊探偵 赤い谷の惨劇』(1961年/東映)C
93『三度目の殺人』(2017年/東宝)C
92『スーパー・チューズデー ~正義を売った日~』(2011年/米)B
91『エイリアン:コヴェナント』(2017年/米)B
90『プロメテウス』(2012年/米)B
89『アンドロメダ… 』(1971年/米)A
88『亡霊怪猫屋敷』(1958年/新東宝)B
87『怪談かさねが渕 』(1957年/新東宝)B
86『一寸法師』(1955年/新東宝)C
85『黒蜥蜴』(1962年/大映)B
84『江戸川乱歩猟奇館 屋根裏の散歩者』(1976年/日活)D
83『狼やくざ 葬いは俺が出す』(1972年/東映)B
82『博徒七人』(1966年/東映)A
81『泥棒成金』(1955年/米)A
80『スペース カウボーイ』(2000年/米)C
79『ソイレント・グリーン』(1973年/米)B
78『狼は天使の匂い』(1972年/仏)B
77『さらば友よ』(1968年/仏、伊)B
76『傷だらけの栄光』(1956年/米)A
75『ハンズ・オブ・ストーン』(2016年/米、巴)B
74『ダンケルク』(2017年/英、米、仏、蘭)B
73『墨攻』(2006年/中、日、香、韓) A
72『関ヶ原』(2017年/東宝)
71『後妻業の女』(2016年/東宝)B
70『ショートウェーブ』(2016年/米)D
69『Uターン』(1997年/米)B
68『ミラーズ・クロッシング』(1990年/米)C
67『シザーハンズ』(1990年/米)A
66『グーニーズ』(1985年/米)B
65『ワンダーウーマン』(2017年/米)B
64『ハクソー・リッジ』(2016年/米)A
63『リリーのすべて』(2016年/米)A
62『永い言い訳』(2016年/アスミック・エース)A
61『強盗放火殺人囚』(1975年/東映)C
60『暴動島根刑務所』(1975年/東映)B
59『脱獄広島殺人囚』(1974年/東映)A
58『893愚連隊』(1966年/東映)B
57『妖術武芸帳』(1969年/TBS、東映)B
56『猿の惑星』(1968年/米)A
55『アンドロメダ・ストレイン』(2008年/米)C
54『ヘイル、シーザー!』(2016年/米)B
53『パトリオット・デイ』(2016年/米)A
52『北陸代理戦争』(1977年/東映)A
51『博奕打ち外伝』(1972年/東映)B
50『玄海遊侠伝 破れかぶれ』(1970年/大映)B
49『暴力金脈』(1975年/東映)B
48『資金源強奪』(1975年/東映)B
47『ドライヴ』(2011年/米)C
46『バーニング・オーシャン』(2016年/米)A
45『追憶の森』(2015年/米)B
44『22年目の告白 -私が殺人犯です-』(2017年/ワーナー・ブラザース)B
43『パットン大戦車軍団』(1970年/米)B
42『レッズ』(1981年/米)B
41『ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男』(2016年/米)B
40『エクス・マキナ』(2015年/米)B
39『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999年/西)B
38『ムーンライト』(2016年/米)B
37『アメリカン・バーニング』(2017年/米)B
36『セル』(2017年/米)C
35『トンネル 闇に鎖された男』(2017年/韓)B
34『弁護人』(2013年/韓国)A
33『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016年/クロックワークス)A
32『チア☆ダン~女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話~』(2017年/東宝)B
31『南極料理人』(2009年/東京テアトル)B
30『沈黙 -サイレンス-』(2016年/米)B
29『メッセージ』(2016年/米)B
28『LOGAN/ローガン』(2017年/米)C
27『チャック~“ロッキー”になった男~』(2017年/アメリカ)B
26『ヒッチコック/トリュフォー』(2015年/米、仏)B
25『沖縄やくざ戦争』(1976年/東映)B
24『恐喝こそわが人生』(1968年/松竹)B
23『われに撃つ用意あり』(1990年/松竹)C
22『T2 トレインスポッティング』(2017年/英)A
21『ロスト・エモーション』(2016年/米)C
20『激流』(1994年/米)C
19『チザム』(1970年/米)B
18『駅馬車』(1939年/米)A
17『明日に処刑を…』(1972年/米)A
16『グラン・ブルー[オリジナル・バージョン]』(1988年/仏、伊)B
15『エルストリー1976- 新たなる希望が生まれた街 -』(2015年/英)D
14『I AM YOUR FATHER/アイ・アム・ユア・ファーザー』(2015年/西)B
13『サム・ペキンパー 情熱と美学』(2005年/独)B
12『ビリー・ザ・キッド 21才の生涯』(1973年/米)B
11『わらの犬』(1971年/米)A
10『O嬢の物語』(1975年/仏、加、独)C
9『ネオン・デーモン』(2016年/仏、丁、米)D
8『団地』(2016年/キノフィルムズ)B
7『スティーブ・ジョブズ』(2015年/米)B
6『スノーデン』(2016年/米)A
5『キングコング:髑髏島の巨神』(2017年/米)B
4『ドクター・ストレンジ』(2016年/米)B
3『残酷ドラゴン 血斗竜門の宿』(1967年/台、香)B
2『新宿インシデント』(2009年/香、日)B
1『日の名残り』(1993年/英、米)A

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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