
第1刷:2026年6月20日
僕が作家・黒岩涙香の名前を初めて知ったのは小学生時代、小学館の〈少年少女世界の文学全集〉所収の推理小説『死美人』を読んだ時である。
フランスのパリが舞台なのに、探偵のトリハ・イクスケをはじめ、登場人物全員カタカナの日本人名、という奇妙な一篇だった。
これがもともとはフォルチュネ・デュ・ボアゴベイというフランスの大衆小説家の作品で、涙香が日本の読者向けに翻案した作品だったことは、中学時代に筒井康隆の著書『乱調文学大事典』で知った。
僕が小学生時代に読んだのは、涙香の翻案版を江戸川乱歩が清書し、それをさらに子供向けにリライトしたものだったようだ。
本書によれば、その黒川涙香は作家や翻訳家である半面、明治時代に一世を風靡したスキャンダル紙・萬朝報(よろずちょうほう)の創始者かつ主筆として名を馳せた人物だったという。
とくに政財界の著名人が妾を囲っていることを実名入りで暴いた連載『畜妾(ちくしょう)の実例』では伊藤博文、山縣有朋、井上馨、勝海舟、渋沢栄一らを俎上に載せ、全国紙を押さえて発行部数ランキングのトップに君臨していた。
よくそんな新聞が発行できたものだと思ったら、案の定当局から厳しい取り締まりと度重なる発禁処分を受け、次第にスキャンダル紙から論説紙へと方向転換。
このくだりでは明治を代表する文化人・森鴎外、内村鑑三、幸徳秋水、二葉亭四迷らと時に密に交流したり、時に激しい論戦を戦わせたり。
とくに大逆事件で極刑に処せられた秋水が、一時は萬朝報に入社しながら、日露戦争の開戦・非戦論をめぐって涙香と真っ向から対立し、ついに袂を分かつくだりが印象深い。
創刊時には反権力の急先鋒でもあった涙香がなぜ、ロシアとの開戦が間近に迫ったところで政府当局に阿るような真逆の立場へと舵を切ったのか、当時、萬重宝を支持していた読者大衆も割り切れぬ思いを抱いたのではないだろうか。
本書を読んでいると、スキャンダルと論説を編集方針の両輪とし、世論を見ながら主張を揺らせる萬朝報のあり方は、僕がかつて21年勤務していた夕刊タブロイド紙・日刊ゲンダイを彷彿とさせる。
元会長・川鍋孝文さん(故人)は黒岩涙香をどう思っていたのか、生きていたら聞いてみたい、と思いました。
😁😖🤓
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