Sports Graphic Number 1149『甲子園総力特集 エースがいた夏/強打者が語る俺のエース時代①中村紀洋』

発行:文藝春秋 2026年8月27日号 定価800円=税込

きょう5日水曜、今年もまた甲子園で第108回全国高校野球選手権大会が開幕します。
高校球児たちの熱戦が始まるのに合わせて、明日6日発売のSports Graphic Numberも毎年恒例の甲子園特集を組みました。

僕がインタビュー原稿を執筆したのは「強打者が語る俺たちのエース時代」2本。
1本目は近鉄の〝いてまえ打線〟の主砲として鳴らした〝ノリ〟こと中村紀洋さんです。

プロでは近鉄を皮切りにドジャース、オリックス、中日、楽天、DeNAと渡り歩き、通算2101安打を記録したスラッガーも、大阪府立渋谷高校では「エースで4番」だった。
当時のことを覚えているファンは極めて少ないだろう高校時代を、今や高校のコーチとなったノリさんにじっくりと語ってもらいました。

僕の脳裏にはほんの少しだけ、投手もやっていたノリのイメージが残っているんです。
ノリを擁する渋谷が1990年、甲子園出場をかけた大阪大会決勝戦で当時の強豪・上宮高校と対戦し、日生球場で2本のホームランを放った姿が。

ただ、僕の興味の焦点はノリではなく、ホームランを打たれた上宮のエース宮田正直のほう。
拙著『失われた甲子園 記憶をなくしたエースと1989年の球児たち』(2016年、講談社)の主人公です。

宮田は前年、1989年のセンバツ決勝戦で東邦と対戦し、1点リードして延長10回2死まで投げ抜きながら、「あと1人」まで来て逆転サヨナラ負け。
翌90年の大阪大会決勝戦のマウンドに上がった宮田は、2年連続甲子園出場を目指して燃えていた。

そんな宮田とノリの間には、ある因縁があった。
新2年のチームになったばかりの頃、練習試合で対戦し、宮田がノリに死球をぶつけて、右手首尺骨を骨折させていたのです。

そしてふたたび相まみえた大阪大会決勝戦。
「いつかやり返してやろう」と狙っていたノリに、宮田も闘争心むき出しで向かっていった。

あの時、ノリは何を考えていたのか。
僕自身にとっては、長年の疑問に対する答えを得ることもできたインタビューでした。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。2010〜2026年、東京スポーツでコラムや野球記事を連載。 日本文藝家協会会員。Yahoo!ニュース公式コメンテーター。
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