従妹と母の思い出を語り合って気がついた

従姉妹が生前の両親に贈ったフラワーバスケット

連休中は2日に母方の従妹、6日に父方の従妹が線香をあげに竹原の家を訪ねてくれた。
ふたりとも生前の両親がとりわけ可愛がっていた人たちである。

どちらも現在は遠隔地に住んでいるため、先月1日の葬儀には参列してもらえなかった。
それでも、連休中にこうしてわざわざ竹原の家まで足を運んでくれたことがうれしい。

母を亡くしてから、生前のことを思い出さない日はない。
たとえ無理だとはわかっていても、もう一度会いたい、話をしたいと、今でもつい胸の内でつぶやいてしまう。

しかし、従妹たちと母の思い出を語り合っていて、ふと気がついた。
他界するまでのこの5~6年、お母さんはもう、かつての元気な頃のお母さんではなかったということに。

パーキンソン病、下血、認知症、ハイリスクせん妄。
日一日と様々な病状が進むお母さんを見ていて、もう昔のような日々は決して戻ってこないのだと、悟らざるを得なかった。

それなのに、いざいなくなられると、最近までの母の姿を忘れ、老いる以前のお母さんに会いたいと、そればかり考えてしまっていた。
叶わぬ願いをいくら反芻しても仕方がない、俺はこんなにも愚かだったのかと、従妹たちが教えてくれたのだと思う。

もうすぐ四十九日法要と納骨。
しっかりしないと。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。2010〜2026年、東京スポーツでコラムや野球記事を連載。 日本文藝家協会会員。Yahoo!ニュース公式コメンテーター。
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