春一番が吹いた日、恩人のお見舞いに行く

正式名称・東京慈恵会医科大学附属病院、左が外来病棟

東京はきょう、最高気温20℃と初夏のような陽気となり、午後2時ごろには春一番も吹きました。
A先生はちょうど荻窪駅前の交差点を渡り、行きつけの理容院Ds’(ディーエス)に向かっていたところ。

担当の店長は「ビル風じゃないですかねぇ」と言っていたけれど、その後にテレビのニュース番組が春一番と報道。
いつものカットとカラー(最近は緑を混ぜるのが好み)を済ませたあとは、ワックスでしっかりセットしてもらった。

その後、東西線と三田線を乗り継いで慈恵医大病院に直行。
しばらく入院している恩人のお見舞いに行ってきました。

この方は感染症研究の第一人者として知られた医学界の権威で、かつては直木賞作家や総理大臣の主治医を務め、首相の外遊に随行したこともある。
その傍ら、巨人戦の行われる後楽園球場、東京ドームの救護室の当番医もされていて、球界、マスコミ業界にも多くの知己を持つ。

例年、キャンプ前にはこの先生主催の新年会が開かれていて、僕も巨人の某コーチも、友人のプロゴルファーも大学教授も、薬学博士も某テレビ局幹部も、先生を慕う人たちが出席していた。
それが今年は先生の入院で中止となり、某コーチともども、容態を案じていたところだったのです。

きょうお見舞いしたら結構お元気そうで、巨人のキャンプ報道陣用のキャップをお渡しすると、「おお、それで、他の(球団の)はないのか?」。
宮崎キャンプの土産話を長々と話すと、「また(話しに)来てくれよ」。

…って、変わんないねえ、先生のその愛すべき独特のリアクション!
今度は沖縄で帽子を集めて、帰ってきたらまたお邪魔します、と約束して病室を出ました。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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