一周忌

父が眠る照蓮寺の墓

お彼岸の今週は、月に一度のお墓参りで、広島県竹原市の実家に帰っています。
本来なら父親の一周忌の命日、今月13日に帰省するべきだったのですが、諸事情により、1週間ずらさざるを得なかった。

事情の一つめは、父親の月命日の先月13日、初盆と一周忌の法事を併せて行ったから。
母親、菩提寺の照蓮寺の住職と話し合い、8月に初盆、9月に一周忌と二月続けて法事をするより、一度で済ませたほうがいい、という結論に落ち着きました。

二つめは、ちょうど命日の13日、母親がお世話になっているグループホームで「敬老会」という一年で一番大きく、重要な行事が開催されるため。
高齢者施設の全国的恒例行事だそうで、母親のいるホームにも、提携病院から院長先生が出席してお話をすることになっている。

こういう特別な催しに母親が参加するのは、今回が初めて。
お母さんも楽しみにしている様子だったから、初盆の1カ月後の一周忌より、敬老会を優先したほうがいい、お父さんも怒ったりはしないだろう、と思った。

三つめは言うまでもなく、僕の仕事の都合。
先週はいま追っかけをやっているDeNAが、関東での試合が続いていたので、帰省を今週に回したというわけ。

きのう17日はいつものJAL259便で午後2時前に広島空港に到着し、いったん実家に帰ると、すぐに花を買ってお墓参り。
命日から4日遅れた後ろめたさもあり、心中で父親に詫びながら、お花を添え、手を合わせました。

毎月1週間ぐらい過ごす実家は、初盆の後で相続登記を済ませたので、実質上は僕の持ち家になっている。
父親は生前、まだ元気だったころに時々、「ここはあんたの家だ、いつ戻ってきてもええけんね」と言っていて、僕はそのたびに何とも返答しかねていたけれど、その言葉がとうとう現実になった。

ひとりでこの家にいるとき、そんな昔の記憶を思い返すと、不思議な感慨が湧いてくる。
いま、父親が亡くなってもう一年経ったのだという現実が胸に染みています。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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