『PLAN75』😊

112分 2022年 日本、フランス、フィリピン、カタール
配給:ハピネット・ファントム・スタジアム
@グランドシネマサンシャイン スクリーン1 15:40〜

倍賞千恵子の「今」を観る映画である。
僕と同世代、及びそれ以上の世代の映画ファンなら、この作品の倍賞が演じる78歳(倍賞自身の実年齢は81歳)の老女を観て、『男はつらいよ』の寅さんの妹さくらが家族や柴又の仲間を失い、ひとりぼっちで東京の大都会に残されたら、やはりこういう孤独で厳しい人生を送らざるを得ないのだろうか、と想像してしまうはずだ。

舞台は近未来、少子化と後期高齢者の増加が現代よりも進んでいる日本。
75歳になったら自ら最期を選ぶことのできる権利が与えられ(というより死ぬべき社会的落伍者としての烙印を押され)、自分の意思で安楽死を迎えられるシステムが法制化されている、という監督・脚本の早川千絵による秀逸な舞台設定が世界的に注目された。

この法制度がタイトルの〈PLAN75〉で、映画ではすでに定着してそれなりの年月が経過している、という前提でお話は始まる。
市役所の窓口に掲げられた〈PLAN75〉のロゴデザインが、いかにも一般的に受け入れやすいように見えながら、お役所仕事的な冷たさと偽善性を象徴しているようでもあり、何とも言えない不気味さを感じさせるとともに、観る側を作品世界へと引きずり込むキーポイントとなっている。

倍賞演じる主人公・角谷ミチは夫に先立たれ、半ば連れ込みのホテルの客室清掃員をしながらひとり暮らしを続けている。
そうした中、同世代の牧稲子(大方斐紗子)が作業中に倒れたことをきっかけに、同僚の年老いた清掃員4人とまとめて解雇されてしまった。

その上、長年暮らしてきた公団住宅が、老朽化のために取り壊されることになる。
転居しようにも無職で身寄りのない78歳の老人を受け入れてくれるところはなく、再就職するためにハローワークに足を運び、昔馴染みに電話をかけてもすげなく断られ、ミチは〈PLAN75〉の選択を考え始める。

生きたい、もっと頑張りたい、少なくとも身体が動くうちは。
まだ自分の中に残る生命力に突き動かされるように黙々と努力を続けながら、ついに自分の人生を諦める倍賞の姿を、浦田秀穂のキャメラは淡々と、しかし丁寧に、時には突き放すように、時には寄り添うように映し続ける。

クローズアップで映し出された倍賞の顔の皺の一本一本が、まるでレンブラントが描いた肖像画のように眼前に迫ってくる。
『男はつらいよ』シリーズのさくらを知る映画ファンなら、この倍賞の顔は絶対にスクリーンで観なければならない。

とくに、クライマックスの倍賞の表情は筆舌に尽くし難い。
パンフレットに収録されている倍賞と早川監督の対談によれば、カットすることも検討されたそうだが、このシーンが残されたことが、本作を一層心に残る名作にした、と僕は思う。

感動して自宅に帰り、テレビをつけたら、BSテレ東で『男はつらいよ 寅次郎物語』(1985年)を放送していた。
つい先程観た『PLAN75』で78歳の孤独な老女になっていた倍賞が、37年前の『男はつらいよ』の中では甲斐甲斐しく立ち働き、テキ屋の兄・寅さん(渥美清)を気遣っている。

テレ東がこういうタイミングを狙って放送したのかどうかはわからない。
この『寅次郎物語』の終盤、寅さんがまた旅に出る間際、甥っ子(さくらの息子)・満男(吉岡秀隆)が「人間はなんで生きているのかな」と聞き、寅さんがこう答える有名な場面がある。

「そりゃおまえ、人間、長い間生きててよ、何度か、生まれてよかったなあって、そう思う時があるじゃねえか。
そういう時のために生きてるんじゃねえのかい」

『PLAN 75』を観て帰って来た直後だっただけに、この寅さんのセリフは改めて胸に突き刺さった。
なお、きょう本作を鑑賞したグランドシネマサンシャインの劇場はほぼ満員で、僕より若い観客が多く、世代を超えた関心の高さも感じました。

採点は85点です。

2022劇場公開映画鑑賞リスト
※50点=落胆😞 60点=退屈🥱 70点=納得☺️ 80点=満足😊 90点=興奮🤩(お勧めポイント+5点)

6『トップガン マーヴェリック』(2022年/米)85点
5『シン・ウルトラマン』(2022年/東宝)80点
4『英雄の証明』(2021年/伊、仏)80点
3『THE BATMAN−ザ・バットマン−』(2022年/米)80点
2『ドライブ・マイ・カー』(2021年/ビターズ・エンド)90点
1『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021年/米)90点

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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