『夜のピクニック』(WOWOW)🤨

117分 2006年 ムービーアイ、松竹

ポスターのコピーにあるように、原作は直木賞作家・恩田陸さんのベストセラー同名小説で、永遠の青春小説として語り継がれている作品。
僕も5年前に文庫で読んでいるので、先にそちらのレビューを再掲しておく。

発行:新潮社 新潮文庫 定価:670円=税別
 1刷:平成18年9月5日 30刷:平成27年5月25日
 単行本発行:平成16年7月

恩田さんは第15回新潮ドキュメント賞の最終選考において、拙著『失われた甲子園 記憶をなくしたエースと1989年の球児たち』を最も熱心に推してくださった作家である。
〈新調45〉10月号に掲載された選評を読むと、拙著が恩田さんのストライクゾーンのほぼ真ん中に届いたらしい。

しかし、不勉強にして、恩田陸という作家の名前や本の題名は知っていても、手に取って読んだことは一度もなかった。
そこで、遅ればせながら、第2回本屋大賞、第26回吉川英治文学新人賞を受賞し、代表作のひとつとされているこの『夜のピクニック』を拝読した。

なぜ本書を選んだかというと、数々の賞を受賞しているという以上に、物語の舞台が高校生活の最後を飾る「歩行祭」で、これが「全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという北高の伝統行事」とカバーの裏に記されていたからだ。
恩田さんはそもそも、高校時代やその世代の若者たちのスポーツイベントに思い入れのある作家なのかな、だったら、俺にも取っつきやすいだろうな、と思ったわけである。

物語は歩行祭当日の朝、北高に登校する西脇融、戸田忍、甲田貴子、遊佐美和子ら3年生の主要登場人物が描かれるところから始まる。
融と貴子の緊張関係、西校の女子生徒にまつわる性的な噂、昨年アメリカに去った榊杏奈という友だちがいたこと、様々な秘密やドラマをはらんで、歩行祭は進行する。

著者は融や貴子たちの姿と関係を描写することだけに焦点を絞り、周囲にいるはずの教師、歩行祭を主催する高校などの背景については具体的な説明をしていない。
ただ、歩き続ける高校生たちに寄り添うようにして、ときには熱っぽく、ときには淡々と、テンポのいい文章と会話によって、彼らが胸の内に抱えた怒りや悲しみ、歩速と同じように移ろう意識の流れを追ってゆく。

正直なところ、最初はそうした手法に対し、ノンフィクションやスポーツ記事ばかり書いている僕は少々違和感を覚えたのだが、読み進めるうち、そういえば、俺の高校時代もこんなふうに時間が過ぎていったような気がする、という思いがよぎるようになる。
若いころの時間はあっという間に過ぎ去っていくようで、実は大人になってから感じるよりゆっくり流れており、遅いようで早く、早いようで遅い。

この歩行祭でも、最初のうちはまだここまでしか来ていないのかと思っていた貴子は、しばらくするともうこんなに歩いたんだという手応えを覚え、ゴールが近づくにつれて高校生活の終わりを実感するようになる。
そういう青春期ならではの時間と意識の流れを描いた筆致が、朝散歩をしているときに感じる優しい風を思わせる。

ミステリ的要素もあるのでストーリーを詳しく書くわけにはいかないが、この小説では延長十回裏、ツーアウト、ランナーなしから逆転サヨナラで勝負が決する、という『失われた甲子園』のような大逆転劇は起こらない。
しかし、表面上は何も起こらない中で、彼らは目に見えない何かを得、何かを振り切り、これまでとは違う人生を歩むようになってゆく、という内面の変化が確かに伝わってくる。

これが小説家の文章なのだろう。
ノンフィクションは「何かが起こっていること」を書くのが大前提だから、こういう世界を書こうとしてもなかなか書けるものではない。
 
最後は、貴子が秘かな「賭け」に勝ち、北高に帰り着いたところで、確かに青春時代に一区切りがつけられたのだ、という感慨が湧く。
貴子や融、美和子や忍、アメリカに去った杏奈も含めて、彼らは高校を卒業したあと、どのような人生を送ったのだろうかと、読み終えたあともしばらく、想像をめぐらせないではいられなかった。 

(以上、旧サイト:2016年12月5日(月)Pick-up記事を修正、再録)

以上のような原作の魅力を損なわず、映像化作品として昇華させようと、映画化版もそれなりに努力していることは伺える。
貴子役の多部未華子、融役の石田卓也もキャラクターをしっかり捉えた好演を見せていることも評価したい。

しかし、ヘビメタファンのキャラを登場させたギャグは完全にスベッており、途中で唐突に挿入したアニメは完璧に近い原作の世界を損なっているように思う。
エンディングで「少年」の視点から歩行祭を締め括らせた原作に引き換え、多部に一昔前の青春テレビドラマみたいなセリフをしゃべらせているところにも違和感を覚えました。

ついでに書いておけば、ラストシーンが多部のクローズアップで終わるのも、いささかあざとい幕切れに感じられる。
…と、先に原作を読んで感動していると、どうしてもあれこれ文句をつけたくなっちゃうんですよね。

オススメ度C。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2021リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録

130『空に住む』(2020年/アスミック・エース)C
129『浅田家!』(2020年/東宝)A
128『ザ・キング』(2017年/韓)A
127『光州5・18』(2007年/韓)C
126『シルミド SILMIDO』(2003年/韓)B
125『KCIA 南山の部長たち』(2020年/韓)B
124『3時10分、決断のとき』(2007年/米)B
123『アルビノ・アリゲーター』(1997年/米)C
122『悪い種子』(1956年/米)C
121『スターリンの葬送狂騒曲』(2017年/英、仏)C
120『ノマドランド』(2021年/米)A
119『復讐無頼 狼たちの荒野』(1968年/伊、西)B※
118『スペシャリスト』(1969年/伊、仏)C
117『父 パードレ・パドローネ』(1977年/伊)B※
116『ボルベール〈帰郷〉』(2006年/西)A
115『雨の訪問者』(1970年/伊、仏)A※
114『カサンドラ・クロス』(1976年/西独、伊、英)B※
113『イエスタデイ』(2019年/英、米)B
112『ペイン・アンド・グローリー』(2019年/西)A
111『バンクシーを盗んだ男』(2017年/英、伊)B
110『ザ・ヤクザ』(1974年/米)A
109『健さん』(2016年/レスぺ)B
108『ゴルゴ13』(1973年/東映)D
107『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』(2015年/伊)B※
106『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』(2020年/米)A
105『真犯人』(2019年/韓)B
104『ダイヤルM』(1998年/米)B※
103『ダイヤルMを廻せ!』(1954年/米)A
102『私は告白する』(1953年/米)A
101『黄泉がえり』(2003年/東宝)B
100『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994年/米)B
99『ワンダーウーマン 1984』(2020年/米)B
98『博士と狂人』(2019年/英、愛、仏、氷)C
97『追悼のメロディ』(1976年/仏)A※
96『デ・パルマ』(2015年/米)B
95『ブルース・スプリングスティーン 闇に吠える街 30周年記念ライブ2009』(2009年/米)B
94『ブルース・スプリングスティーン ライブ・イン・バルセロナ』(2003年/米)A
93『ブルース・スプリングスティーン ライブ・イン・ニューオリンズ2006~ニューオリンズ・ジャズ・フェスティバル』(2006年/米)B
92『ウエスタン・スターズ』(2019年/米)B
91『水上のフライト』(2020年/KADOKAWA)C
90『太陽は動かない』(2021年/ワーナー・ブラザース)C
89『ファナティック ハリウッドの狂愛者』(2019年/米)C
88『ミッドウェイ』(2019年/米、中、香、加)B
87『意志の勝利』(1934年/独)A
86『美の祭典』(1938年/独)B
85『民族の祭典』(1938年/独)A
84『お名前はアドルフ?』(2018年/独)B
83『黒い司法 0%からの奇跡』(2019年/米)A
82『野球少女』(2019年/韓)B
81『タイ・カップ』(1994年/米)A※
80『ゲット・アウト』(2017年/米)B※
79『アス』(2019年/米)C
78『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』(2018年/米)C
77『キング・オブ・ポルノ』(2000年/米)B※
76『怒りの葡萄』(1940年/米)A
75『パブリック 図書館の奇跡』(2018年/米)A
74『バクラウ 地図から消された村』(2019年/伯、仏)B
73『そして父になる』(2013年/ギャガ)A※
72『誰も知らない』(2004年/シネカノン)A※
71『歩いても 歩いても』(2008年/シネカノン)
70『東京オリンピック』(1965年/東宝)B※
69『弱虫ペダル』(2020年/松竹)B
68『ピンポン』(2002年/アスミック・エース)B
67『犬神家の一族』(2006年/東宝)B
66『華麗なる一族』(2021年/WOWOW)B
65『メメント』(2000年/米)B
64『プレステージ』(2006年/米)B
63『シン・ゴジラ』(2016年/米)A※
62『GODZILLA ゴジラ』(2014年/米)B※

61『見知らぬ乗客』(1951年/米)B
60『断崖』(1941年/米)B
59『間違えられた男』(1956年/米)B
58『下女』(1960年/韓)C
57『事故物件 恐い間取り』(2020年/松竹)C
56『マーウェン』(2019年/米)C
55『かもめ』(2018年/米)B
54『トッツィー』(1982年/米)A※
53『ジュディ 虹の彼方に』(2019年/米)B
52『ザ・ウォーク』(2015年/米)A※
51『マン・オン・ワイヤー』(2008年/米)B※
50『フリーソロ』(2018年/米)A
49『名も無き世界のエンドロール』(2021年/エイベックス・ピクチャーズ)B
48『ばるぼら』(2020年/日、独、英)C
47『武士道無残』(1960年/松竹)※
46『白い巨塔』(1966年/大映)A
45『バンクーバーの朝日』(2014年/東宝)A※
44『ホームランが聞こえた夏』(2011年/韓)B※
43『だれもが愛しいチャンピオン』(2019年/西)B
42『ライド・ライク・ア・ガール』(2019年/豪)B
41『シービスケット』(2003年/米)A※
40『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年/米)A※
39『さらば冬のかもめ』(1973年/米)A※
38『30年後の同窓会』(2017年/米)A
37『ランボー ラスト・ブラッド』(2019年/米)C
36『ランボー 最後の戦場』(2008年/米)B
35『バケモノの子』(2015年/東宝)B
34『記憶屋 あなたを忘れない』(2020年/松竹)C
33『水曜日が消えた』(2020年/日活)C
32『永遠の門 ゴッホが見た未来』(2018年/米、英、仏)B
31『ブラック・クランズマン』(2018年/米)A
30『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』(2019年/米)A
29『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年/東映)C
28『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』(1969年/東映)B
27『徳川女系図』(1968年/東映)C
26『狂った野獣』(1976年/東映)A
25『一度死んでみた』(2020年/松竹)B
24『ひとよ』(2019年/日活)C
23『パーフェクト・ワールド』(1993年/米)B
22『泣かないで』(1981年/米)C
21『追憶』(1973年/米)B
20『エベレスト 3D』(2015年/米、英、氷)B※
19『運命を分けたザイル』(2003年/英)A※
18『残された者 北の極地』(2018年/氷)C
17『トンネル 9000メートルの闘い』(2019年/諾)C
16『ザ・ワーズ 盗まれた人生』(2012年/米)A※
15『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019年/仏、比)A
14『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン6』(2018年/米)C
13『大時計』(1948年/米)B
12『汚名』(1946年/米)B
11『マザーレス・ブルックリン』(2019年/米)B
10『エジソンズ・ゲーム』(2017年/米)C
9『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019年/米)C
8『ジョン・ウィック:チャプター2』(2017年/米)B
7『ジョン・ウィック』(2014年/米)C
6『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年/米)C
5『宇宙戦争』(2005年/米)B※
4『宇宙戦争』(1953年/米)B※
3『宇宙戦争』(2019年/英)B
2『AI崩壊』(2020年/ワーナー・ブラザース)B
1『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019年/松竹)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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