『回想』レニ・リーフェンシュタール😁😳🤔🤓

Memoiren
文藝春秋 翻訳:椛島則子 上巻:433ページ(上下2段組) 第1刷:1991年12月1日 定価2300円=税込
原書発行:1987年

『意志の勝利』(1934年)、1936年ベルリンオリンピック記録映画『オリンピア』2部作『民族の祭典』『美の祭典』(1938年)で世界の映画史に残るドキュメンタリー作家となりながら、生涯に渡ってヒトラーとナチスの協力者だったことを非難され続けたレニ・リーフェンシュタールの自叙伝。
上下2段組の上下2巻合わせて925ページ(索引を除く)という超大作で、最初は購入を躊躇ったのだが、前項のレニの半生を描いたドキュメンタリー映画『レニ』(1993年)を観たら読まないではいられなくなった。

最も興味深いのはやはり、3本のドキュメンタリー映画の内幕と、ヒトラーをはじめとするナチス幹部とレニの交流や関係が描かれたくだり。
レニとふたりきりで会っていたときのヒトラーは常に優しく、紳士的で、エファ・ブラウンという公認の愛人がいたにもかかわらず、一度だけレニの腰に手を回し、暗に肉体関係を求めていることを仄めかしたという。

レニはヒトラーがユダヤ人を虐殺していたことを戦後までまったく知らなかったと主張し続けており、自分が知っているヒトラーの所業とはとても思えず、彼はいわゆる精神分裂症だったのだろうと結論づけている。
また、レニが映画撮影部隊の隊長としてドイツ陸軍に帯同していた際、ポーランドの小さな町コンスキーでナチスのユダヤ人虐殺を目撃した証拠として有名になった写真にも言及し、銃声は聞いたが殺される場面は見ていないと主張。

一方で、ゲッペルスには執拗なストーキングや嫌がらせを受けていたそうで、彼についての悪口はかなり痛烈。
レニに惚れていたゲッペルスが夜中に突然自宅を訪ねてきたこと、レニが拒絶すると映画制作に横槍を入れてきたことなどをあげつらい、最低の男だと言わんばかりに徹底的にやっつけている。

ドイツが敗れ、ヒトラーが自殺した戦後、レニはフランス占領軍によって刑務所や精神病院に収容され、それまで自分が面倒を見ていた映画界の人間たちにも裏切られる。
保管していた映画のフィルムを接収され、ヨーロッパ中で旧作を上映することも拒否されてしまい、新たな映画制作に乗り出そうとするたびに様々な圧力や妨害を受ける。

そうした中、新たな被写体を求めてスーダンへ出かけ、そこで未開地の部族ヌバと巡り会うところまでは文字通り、息をもつかせぬ面白さである。
映画人としても一女性としても、ヒトラーとナチスに極めて近いところで第二次世界大戦を経験し、他に比類のない生き方を貫いてきた人間ならではの迫力と情熱が横溢していることは否定できない。

リーフェンシュタールは80歳だった1982年からこの自伝を書き始め、5年かけて書き上げた1987年に上梓している。
当初は構成者(ゴーストライター)3人、アシスタント1人を使おうとしたが、何度かテストして自分の言い分が正確に表現できないと判断、ひとりでこれほど大部の作品を書き上げたエネルギーは、とても80代とは思えない。

ただし、決して共感を呼ぶタイプの女性ではなく、言い訳、自己弁護、明らかな誇張なども、翻訳文ながら言葉の端々、行間のそこここから感じ取れる。
訳者の椛島則子は1980年、レニがヌバ写真展のために来日した際に通訳を務めた女性で、来日中のレニが京都の俵屋旅館の和室にスリッパ履きで上がったり、本書の訳出中に何度も国際電話をかけてきてせっついたりと、いかにもレニらしいエピソードの一部を後書きで明かしている。

下巻:492ページ(上下2段組) 第1刷:1991年12月1日 定価2300円=税込

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2021読書目録
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20『わが母なるロージー』ピエール・ルメートル著、橘明美訳(2019年/文藝春秋)😁
19『監禁面接』ピエール・ルメートル著、橘明美訳(2018年/文藝春秋)😁
18『バグダードのフランケンシュタイン』アフマド・サアダーウィー著、柳谷あゆみ訳(2020年/集英社)😁😳🤓🤔
17『悔いなきわが映画人生』岡田茂(2001年/財界研究所)🤔😞
16『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』文化通信社編著(2012年/ヤマハミュージックメディア)😁😳🤓🤔
15『波乱万丈の映画人生 岡田茂自伝』岡田茂(2004年/角川書店)😁😳🤓
14『戦前昭和の猟奇事件』小池新(2021年/文藝春秋)😁😳😱🤔🤓
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12『野球王タイ・カップ自伝』タイ・カップ、アル・スタンプ著、内村祐之訳(1971年/ベースボール・マガジン社)😁😳🤣🤔🤓
11『ラッパと呼ばれた男 映画プロデューサー永田雅一』鈴木晰也(1990年/キネマ旬報社)※😁😳🤓
10『一業一人伝 永田雅一』田中純一郎(1962年/時事通信社)😁😳🤓
9『無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡』佐藤啓(2020年/桜山社)😁🤓
8『臨場』横山秀夫(2007年/光文社)😁😢
7『第三の時効』横山秀夫(2003年/集英社)😁😳
6『顔 FACE』横山秀夫(2002年/徳間書店)😁😢
5『陰の季節』横山秀夫(1998年/文藝春秋)😁😢🤓
4『飼う人』柳美里(2021年/文藝春秋)😁😭🤔🤓
3『JR上野駅公園口』柳美里(2014年/河出書房新社)😁😭🤔🤓
2『芸人人語』太田光(2020年/朝日新聞出版)😁🤣🤔🤓
1『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳(2000年/草思社)😁😳🤔

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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