『民族の祭典』(セルDVD)🤗

Olympia Ⅰ-Fest der Völker
110分 モノクロ(アメリカ版) 1938年 ドイツ 日本公開:1940年
DVD発売元:IVC 発売:2009年

1936年ベルリンオリンピックの公式記録映画で、いまなおスポーツドキュメンタリーの最高傑作として評価されている半面、ナチスとヒトラーのプロパガンダ映画という批判も定着している作品。
監督のレニ・リーフェンシュタールはナチス党大会の記録映画『意志の勝利』(1935年)を製作してヒトラーの寵愛を受けるようになり、本作の製作を任されたという経緯はドキュメンタリー『プロパガンダ ウソを売る技術』(2019年)に詳しい。

開巻、ギリシャ・オリンピア市に残る古代遺跡や彫像、裸の男性が円盤投げをするイメージ映像などが延々と続き、ヘラ神殿から採火された聖火が次から次へとランナーに引き継がれ、一路ベルリンを目指す。
オリンピックの聖火リレーが始まったのはこのベルリン大会からであり、リーフェンシュタールはヒトラーとドイツ人が考案したセレモニーだということを印象づけたかったのか、ベルリン・オリンピア・シュタディオンでの聖火点灯まで8分間もかけている。

ここから各国選手団の入場行進を映し出した開会式の映像が5分間。
当時、観客席には10数万人が詰めかけたとも言われ、そのほとんどを占めるドイツ人が右手を捧げて「ハイル!」と連呼し、貴賓席のヒトラーがまた右手を上げて答え、ご満悦の表情を浮かべる場面は、いま改めて観るとやはり不気味だ。

また、ドイツの選手がメダルを獲得すると、国旗ではなく、鉤十字の紋章が描かれたナチスの党旗が掲揚されていることにも驚かされた。
プロパガンダに熱心だったヒトラーがオリンピックを私物化し、党旗掲揚をリーフェンシュタールに撮影させ、それを世界中にアピールしようと狙っていたことがよくわかる。

本作はもともと1本の映画『オリンピア』として製作されたものを、日本公開に当たって2部構成に分けた第1部。
競技は陸上に限定しており、男子100メートル、400メートルリレー、1万6000メートルリレー、円盤投げ、砲丸投げ、ハンマー投げ、槍投げ、走り幅跳び、走り高跳び、棒高跳び、三段跳びなどなど、オリンピックの花形競技をじっくりと観せる。

100メートルの金メダリスト、ジェシー・オーエンスが圧巻の走りを披露する映像は、いま観ても非常にスピーディーで躍動感たっぷり。
決勝を世界新記録の10秒03で走り、2位が04、3位が05をマークしたランナーたちの姿をしっかりフレームの真ん中に入れたまま、ゴールまで撮り切っている技術は、本作が1936年の映画であることを考えると、カメラマンの腕と技術に驚嘆せざるを得ない。

また、走り高跳びや棒高跳びではカメラをバーの下に据え、アスリートが大きく身体をしならせて跳躍し、バーの上を超えてゆく優美な姿を、スロー映像を使って芸術作品のように見せる。
ヒトラーはベルリン大会の撮影をリーフェンシュタールに任せるに当たり、競技場でのカメラの位置取りや高価な撮影機材の購入など、すべてリーフェンシュタールの希望通りにするようにというお墨付きを与えていたそうで、そういう特権を存分に生かした映像と言っていい。

女子400メートルリレーでは、当時の世界記録を持ち、トップを争っていたドイツの第4走者がバトンを落としてしまい、それまで身を乗り出して声援を送っていたヒトラーが落胆して座り込み、肩を落としている姿が面白い。
バトンミスは男子400メートルリレーでも発生しており、先日の東京オリンピックで日本が犯したミスも、歴史的には決して珍しくないケースだったのだとわかる。

アメリカと日本の大接戦になり、決着が夜間に及んだ棒高跳びの決勝の場面では、よく指摘されている〝ヤラセ〟のシーンが浮いて見えた。
当時の競技場には照明設備がなく、フィルムの感度の限界で撮影が不可能になったため、リーフェンシュタールは大会終了後に銀メダリスト・西田修平、銅メダリスト・大江季雄らが跳ぶシーンをクローズアップで撮影し、それを本番の試技のシーンにつなぎ合わせているのだ。

この場面では助走する前、カメラが西田、大江らの表情をほぼ正面から捉えており、バーのほぼ真下から跳躍の瞬間を撮っているので、実際の競技の最中だったらあり得ない画像であることがすぐわかる。
また、選手の名前や競技を紹介している中継アナウンサーの声も、実際の中継ではなく、後から新たに録音したものらしい。

この第1部の掉尾を飾るのはマラソンで、当時世界記録2時間26分42秒の保持者だった日本の孫基禎が、当時オリンピック記録となる2時間29分19秒2で優勝し、見事に金メダルを獲得した。
ちなみに、世界記録保持者によるオリンピックの金メダル獲得は、今年の2021年東京大会でエリウド・キプチョゲが優勝するまで、孫ひとりしかいなかった、という因縁がある。

本作のエンディングで、オリーブの冠と金メダルをかけられた孫が、3位の南昇竜とともに表彰台に立ち、君が代が流れる中、日の丸の掲揚を見つめている姿は一見、感動的だ。
しかし、実際には孫も南も韓国人で、ベルリン大会当時は韓国が日本に併合されていたため、日本人として出場せざるを得なかったのだった、という裏事情はドイツ映画の本作では説明されていない。

オススメ度A。

1940年、日本公開時のポスター

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2021リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録

84『お名前はアドルフ?』(2018年/独)B
83『黒い司法 0%からの奇跡』(2019年/米)A
82『野球少女』(2019年/韓)B
81『タイ・カップ』(1994年/米)A※
80『ゲット・アウト』(2017年/米)B※
79『アス』(2019年/米)C
78『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』(2018年/米)C
77『キング・オブ・ポルノ』(2000年/米)B※
76『怒りの葡萄』(1940年/米)A
75『パブリック 図書館の奇跡』(2018年/米)A
74『バクラウ 地図から消された村』(2019年/伯、仏)B
73『そして父になる』(2013年/ギャガ)A※
72『誰も知らない』(2004年/シネカノン)A※
71『歩いても 歩いても』(2008年/シネカノン)
70『東京オリンピック』(1965年/東宝)B※
69『弱虫ペダル』(2020年/松竹)B
68『ピンポン』(2002年/アスミック・エース)B
67『犬神家の一族』(2006年/東宝)B
66『華麗なる一族』(2021年/WOWOW)B
65『メメント』(2000年/米)B
64『プレステージ』(2006年/米)B
63『シン・ゴジラ』(2016年/米)A※
62『GODZILLA ゴジラ』(2014年/米)B※

61『見知らぬ乗客』(1951年/米)B
60『断崖』(1941年/米)B
59『間違えられた男』(1956年/米)B
58『下女』(1960年/韓)C
57『事故物件 恐い間取り』(2020年/松竹)C
56『マーウェン』(2019年/米)C
55『かもめ』(2018年/米)B
54『トッツィー』(1982年/米)A※
53『ジュディ 虹の彼方に』(2019年/米)B
52『ザ・ウォーク』(2015年/米)A※
51『マン・オン・ワイヤー』(2008年/米)B※
50『フリーソロ』(2018年/米)A
49『名も無き世界のエンドロール』(2021年/エイベックス・ピクチャーズ)B
48『ばるぼら』(2020年/日、独、英)C
47『武士道無残』(1960年/松竹)※
46『白い巨塔』(1966年/大映)A
45『バンクーバーの朝日』(2014年/東宝)A※
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43『だれもが愛しいチャンピオン』(2019年/西)B
42『ライド・ライク・ア・ガール』(2019年/豪)B
41『シービスケット』(2003年/米)A※
40『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年/米)A※
39『さらば冬のかもめ』(1973年/米)A※
38『30年後の同窓会』(2017年/米)A
37『ランボー ラスト・ブラッド』(2019年/米)C
36『ランボー 最後の戦場』(2008年/米)B
35『バケモノの子』(2015年/東宝)B
34『記憶屋 あなたを忘れない』(2020年/松竹)C
33『水曜日が消えた』(2020年/日活)C
32『永遠の門 ゴッホが見た未来』(2018年/米、英、仏)B
31『ブラック・クランズマン』(2018年/米)A
30『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』(2019年/米)A
29『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年/東映)C
28『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』(1969年/東映)B
27『徳川女系図』(1968年/東映)C
26『狂った野獣』(1976年/東映)A
25『一度死んでみた』(2020年/松竹)B
24『ひとよ』(2019年/日活)C
23『パーフェクト・ワールド』(1993年/米)B
22『泣かないで』(1981年/米)C
21『追憶』(1973年/米)B
20『エベレスト 3D』(2015年/米、英、氷)B※
19『運命を分けたザイル』(2003年/英)A※
18『残された者 北の極地』(2018年/氷)C
17『トンネル 9000メートルの闘い』(2019年/諾)C
16『ザ・ワーズ 盗まれた人生』(2012年/米)A※
15『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019年/仏、比)A
14『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン6』(2018年/米)C
13『大時計』(1948年/米)B
12『汚名』(1946年/米)B
11『マザーレス・ブルックリン』(2019年/米)B
10『エジソンズ・ゲーム』(2017年/米)C
9『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019年/米)C
8『ジョン・ウィック:チャプター2』(2017年/米)B
7『ジョン・ウィック』(2014年/米)C
6『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年/米)C
5『宇宙戦争』(2005年/米)B
4『宇宙戦争』(1953年/米)B
3『宇宙戦争』(2019年/英)B
2『AI崩壊』(2020年/ワーナー・ブラザース)B
1『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019年/松竹)C

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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