NHKスペシャル『ミラクルボディー 驚異の人体“超適応”車いすレーサー タチアナ・マクファーデン』(NHK総合)🤗

50分 制作:NHK 初放送:2020年10月4日(日) 午後9:00~9:50

タチアナ・マクファーデン(31=アメリカ/ファイティング・イリノイ所属)はロシア生まれのパラアスリートで、車椅子レースのトップ選手として世界的に知られた存在である。
夏季パラリンピックは2004年アテネ大会以降4大会連続出場しており、12年ロンドンではT54クラス(切断・機能障害車椅子の最も軽度なクラス)3冠を達成。

16年リオデジャネイロでは金メダル4個、銀メダル2個を獲得。
クロスカントリースキーにも挑戦し、生まれ故郷のロシアで開催された14年ソチ冬季大会で銀メダルに輝いている。

マクファーデンは二分脊椎症による先天性下半身不随で、生まれながらに自分の足で歩くことのかなわない身体だった。
家庭環境に恵まれず、ロシアの孤児院で育ち、アメリカ人女性デボラ・マクファーデンさんに引き取られ、米国に移住してからスポーツを始めている。

レース用の3輪車椅子は通称「レーサー」と呼ばれ、後輪のハンドリムを回転させることによって前進する。
ホイールは自転車ロードバイクのパーツメーカーが製作しており、ディープリムやディスクホイールを使用している選手も多く、マクファーデンのようなトップ選手の最高速度は40㎞台後半にも達する。

カーブを切るとき、周囲のレーサーとの接触を避けるときなどには、ハンドルを小刻みにたたいて方向を微調整する。
これも数ミリ単位の作業で、ミスしたら接触、転倒、落車というアクシデントにつながるのは自転車競技と同じだ。

一見、選手は闇雲にハンドリムを回しているように見えるが、空気抵抗に逆らってトップスピードを出すには、そのために最も効率のよい回し方をして、しかも左右両方とも同じペースでホイールを回さなければならない。
マクファーデンの場合、後輪1回転あたりの手とハンドリムの接触時間は0.4秒で、右手と左手のリズムが精密機械のようにそろっている。

いったい、どうすればこういう肉体のコントロールが可能になるのか。
このドキュメンタリーには脳科学者の内藤栄一(脳情報通信融合研究センター所属)が参加し、最新のハイテク機器を駆使してマクファーデンの脳と筋肉のメカニズムを検証、分析していく。

MRIとCG画像を使ったこのくだりが非常に興味深い。
脳には筋肉の動きを司る第一次運動野があり、足、手、体幹、顔など、それぞれの部位に指令を出す部分が細かく分かれている。

例えば、健常者が手を動かすと、第一次運動野の手に指令を出す部分だけが反応する。
ところが、マクファーデンが手を動かした場合は、手に加えて、足に指令を出す部分まで、より広い領域が反応を示している、というのだ。

この脳の中で起きている変化が、タイトルの「超適応」だと内藤は指摘する。
健常者の場合、足を司る部分から神経回路を通じて足に指令が送られるが、マクファーデンは同じ足専用のルートから手に指令が伝えられている。

走っている最中の車椅子レーサーにとっては、健常者にとっての足が手になる。
つまり、マクファーデンの脳は、長年の競技生活によって、手を足と認識するようになっていた、ということだろうか。

マクファーデンはこの脳と肉体によって、パラリンピックだけでなく、ニューヨーク、ボストン、シカゴ、ロンドンの4大マラソンをすべて制覇するグランドスラムを2013〜15年と3年連続で達成。
しかし、パラリンピックのマラソンだけは唯一勝てないままで、来年の東京大会では100、400、800、1500、5000m、マラソンと全距離制覇を目指しているという。

人間の身体はすごい。
まだまだわからないことがたくさんあり、様々な未知の可能性が秘められているということを、パラアスリートの肉体を通じて、科学的に解き明かした一篇。

オススメ度A。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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