【反響続々!】現代ビジネス『戦力外通告された元プロ野球選手の息子が「スーパー中学生」になっていた…!』

5年前、『プロ野球「第二の人生」輝きは一瞬、栄光の時間は瞬く間に過ぎ去っていった』(2015年/講談社)というノンフィクションを書きました。
主人公は2000年秋、阿部慎之助が巨人に1位指名されたドラフトで、7位指名で武蔵大学から巨人入りした投手・小野剛。

身長187㎝、体重94㎏、真っ直ぐの球速は140㎞台。
当時、小野を獲得するよう球団に強く推薦した宮田征典投手コーチは、「オレは剛をストッパーにしたいんだ」と意気込んでいた。

そんな選手知らない?
でしょうねえ、結局、一度も一軍昇格できないまま、2年で戦力外通告を受けて、トライアウトでも引き取り手がなかったから。

しかし、野球を諦めきれない小野は、スポーツ紙に掲載されていた選手募集の広告を頼りに、イタリア・セリエAに所属するサンマリノ共和国のセミプロ・チームに入団して現役を続行。
03年のシーズンオフ、伝手を頼って西武にテスト入団を果たす。

ここで悲願の一軍マウンドに上がったものの、3年後にはイップスを発症してまたもやお払い箱に。
今度こそ野球を断念せざるを得ず、金融と不動産の世界に飛び込んだらメキメキと頭角を現したのだから、人生は何がきっかけでどう転ぶかわかりません。

やがて、自ら会社を興した小野は、ホテル、飲食店、ドラッグストアを手広く経営するひとかどの実業家にのしあがった。
そうなると、また野球に手を染めたくなり、今度は自分の会社がある埼玉県狭山市に狭山西武ボーイズという中学生の野球チームを立ち上げた。

…というところまでが、5年前の拙著に書いたストーリー。
その後、小野の次男・勝利(しょうり)が狭山西武ボーイズに入団すると、最初の公式戦でいきなり左翼、中堅、右翼の3方向にホームランをかっ飛ばすという鮮烈なデビューを飾った。

そして、中学3年生になったいま、西は大阪桐蔭、東は横浜高校など、甲子園の常連でもある強豪校が注目されるほどの存在になっているのです。
いまから来年夏の甲子園、3年後は高卒新人としてプロのドラフトにかかることを目標にしている息子に、かつて戦力外通告を受けた小野は、こう言って聞かせた。

「いいか、実力で野球の強豪校に入り、甲子園、プロ野球を目指すということは、もしダメだったらヤクザ者にでもなるしかない、ということだ。
おまえに逃げ道はないんだからな、それぐらいの覚悟をもってやれ」

こういう不退転の決意で臨む小野親子の物語を『現代ビジネス』(講談社)に寄稿し、今朝6時にアップされ、Yahoo!ニュースに転載されたら、あっという間にコメントが300を超えた。
しかも、大半が小野の教育方針に対する批判で、そのコメントに1500以上の「いいね!」が付いている。

おれ、そんなに間違ったことを書いたかなあ。
と思っていたら、小野がこう言いました。

「批判されて本物ですよ」

さすが、戦力外通告から復活した男は覚悟と胆力が違う。
さて、筆者にとって思わぬ反響を呼んだ今回のショートノンフィクション、コチラからアクセスしてお読みください。

(文中敬称略)

小野剛(左)と勝利
スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』、WEDGE Infinity『赤坂英一の野球丸』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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