『ぼくが性別「ゼロ」に戻るとき 空と木の実の9年間』😊

84分 2019年 Musubi Productions

昨年11月22日、NHK-BS〈BS1スペシャル〉で放送されたドキュメンタリー『僕が性別“ゼロ”になった理由(わけ)』のオリジナル劇場公開版。
初めて50分のNHK版を観たときは云く言い難い衝撃と感動を覚え、富士見市で8日後に行われた中島潤さんのセミナー『LGBTってなんだろう? ふつうってなんだろう?』にも参加している。

いずれは84分のオリジナル版を鑑賞したいものだと本欄に綴っておいたところ、SNSを通じて常井美幸監督に伝わったらしく、Facebookにアップリンク渋谷で公開されるというご案内を頂いた。
おかげで2年越しの希望が叶い、きょう18時からの回に足を運んできた。

NHK版のレビューにも書いたように、女の子として生まれ、幼いころから性同一性障害に悩んでいた小林空雅(たかまさ)さんが、成長するにつれて肉体も戸籍も男性に変わり、さらに「性別ゼロ」に行き着く姿が描かれる。
このオリジナル版では、乳房切除を受ける直前、自宅で小林さんに行ったインタビューがじっくりと映され、母・美由起さんも登場。

NHK版では小林さんの家族に関する説明や描写がほとんどなく、どのような葛藤や話し合いがあったのか、最も気になっていた部分だけに、美由起さんの証言は非常に興味深かった。
17歳だった小林さんが高校の弁論大会で性同一性障害に関するスピーチを行う姿を、観客席でじっと見つめている表情も印象に残る。

パンフレットに美由起さんが寄稿した文章によると、彼女自身は大変複雑な家庭に育っており、実母、継母を合わせて5人の母親がいたという。
それだけ何度も再婚、離婚を繰り返した父親もまた、DVで家族を虐げることもしばしばだったそうだ。

それでも、美由起さん自身は最初の結婚相手との間に2人の子供をもうけ、離婚後もアスペルガー症候群の長女と性同一性障害の小林さんに寄り添い、子供たちの問題と正面から向き合ってきた。
NHK版にはなく、このオリジナル版で最も痛感させられたものが、この親の愛と責任である。

オリジナル版には自らも性同一性障害を経験し、NPO法人を立ち上げてこの問題に取り組んでいる人々も登場。
小林さんの主治医、小林さんに大きな影響を与えた中島さんも含めて、この障害が決して特別なものではないのだと、改めて教えてくれる。

また、本作の一番のキモとして、テレビではなく映画館のスクリーンで観ると、小林さんが大変魅力的な被写体であり、ユニークなキャラクターだということも実感した。
とりわけ、生殖腺を取り除き、戸籍上も晴れて男性となった小林さんの顔は、奇跡のような美しさを見せている、と僕は思う。

しかし、それだけに、最後に「性別ゼロ」となって現れる小林さんの姿は非常に衝撃的だ。
この人は一体、どこへ行こうとしているのか、エンディングで一抹の危うさを感じてしまったのは僕だけではないだろう。

小林さんの夢は声優になることで、このオリジナル版は小林さん自身がナレーションを務めており、エンドクレジットの末尾には「小林このみ、ナレーターデビュー作品」というテロップも出る。
それなのに、上映終了後、常井監督と一緒に出てくるはずだったトークショーに姿を見せなかったのは残念。

僭越ながら、採点は85点とさせて頂きます。

アップリンク渋谷で8月6日まで公開中

2020劇場公開映画鑑賞リスト
※50点=落胆😞 60点=退屈🥱 70点=納得☺️ 80点=満足😊 90点=興奮🤩(お勧めポイント+5点)

6『コリーニ事件』(2019年/独)85点
5『Fukushima 50 フクシマフィフティ』(2020年/東宝)80点
4『スキャンダル』(2019年/米)75点
3『リチャード・ジュエル』(2019年/米)85点
2『パラサイト 半地下の家族』(2019年/韓)90点
1『フォードvsフェラーリ』(2019年/米)85点

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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