LGBTってなんだろう? ふつうってなんだろう?

中島さんが首に巻いている6色のレインボーフラッグはLGBTの社会運動の象徴

きのうPICKUPにアップしたドキュメンタリー番組『B1スペシャル 僕が性別“ゼロ”になった理由』(NHK-BS)には、主人公・小林このみさんに重要な助言を与える存在として、中島潤さんという人物が登場する。
現在29歳で、自身もLGBTであることをカミングアウトしており、NPO法人〈LGBTの家族と友人をつなぐ会〉会員として、性の多様性に関する様々な表現・発信活動をしている。

ドキュメンタリーでは中島さんの講演の模様が紹介されていて、これは面白そうだとピンときたから、一度この人の話を生で聴いてみたいと思い、早速ネットで検索したところ、この埼玉県富士見市で行われるセミナーが見つかった。
主催は富士見市男女共同参画推進会議という人権団体で、参加費は無料。

すぐメールで予約を入れ、きょう会場のピアザ☆ふじみへ行こうとしたら、東武東上線で人身事故が発生し、池袋発のふじみ野行きの下り便が運休。
JR埼京線でいったん川越まで行き、そこからふじみ野に辿り着いたのが講演開始直後の午後2時7分だった。

中島さんはちょうど自己紹介を終えたばかりで、私が事前にまったく想像もしていなかったアプローチから本題に入った。
われわれ聴衆に配られたワークプリントに「自分はこんな人」と言うための項目が並んでいて、「公表しても構わない」と思う要素にマルをつけ、それを書き出し、隣や前後の人と互いに自己紹介をしてください、というのだ。

項目は出身、職業、趣味、特技、年齢、性別、家族構成など。
どれもこれも、自分を知ってもらうのに必要なごく普通の項目だが、人によっては初対面の相手にいきなり打ち明けるには躊躇いを感じるものもある。

聴衆がワークを終えると、中島さんは「〇〇の人って、なんか怖いですよね〜」「〇〇の方は入居をお断りしておりまして」「〇〇だってバレたら、友達いなくなるよ!」といった例文を挙げ、この〇〇に出身地を当てはめる。
今年の映画『翔んで埼玉』で話題になった埼玉を〇〇に入れ、しばしわれわれを笑わせた。

しかし、ここにLGBT、もしくはこの言葉に含まれるレズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー、もっと差別的なオカマやオネエなどという言葉を嵌め込んだらどうなるか。
「もう笑えませんよね」と言う中島さんは、「でも、私はここで、LGBTを差別してはいけないとか、そういう人たちを理解してあげましょう、といった話をするつもりはありません」と説く。

そもそも、人は多様な生き物であり、性にも男女だけではなく、人によって様々な形やあり方があって、どれも等しく、同じように尊い。
誰もがそういうフラットな意識(という言葉は中島さんは使っていないが)を持って、LGBTを含む様々な性がみな同等の人権を持って生きることのできる社会にしていきましょう、と中島さんは提唱する。

中島さんはここで、母親に「ボクは女の子」と打ち明けたアメリカ人の14歳の少年、男友達に好きだと打ち明けてSNSで晒し者にされた日本人の男子大学生が、いずれも自殺してしまった事件などを紹介。
それぞれのケースについて誰かが悪いというよりも、こういう社会にしてしまっているわれわれ大人に責任があるんじゃないか、と自論を展開する。

日本の社会ではまだ、私も含めてLGBTを身近な存在として捉えられない人たちが多い。
性の多様性に関して、自発的に人権意識を持つ以前に、自分の活動範囲で何か起こったら、知人友人に相談されたら考えればいい、と思いがちだ。

しかし、そういう環境がイジメ、引きこもり、自殺者を生む温床となっている。
教育の現場でも、子どもにそういうことを教えるのはまだ早い、という保守的な考えが蔓延っているけれど、その一方で、大分県のように積極的に性的マイノリティーについての啓発活動を行うところも出てきた。

そもそも、心の性と体の性が異なる人間をトランスジェンダーと呼ぶが、これは決して固有名詞的な単語ではなく、実は心の性と体の性が一致している人間にも〇〇ジェンダーという呼び方がある。
男女問わず好きになるバイセクシャルにも対語や類語があり、異性を好きになる人間は〇〇◯セクシャルと呼ぶ。

これらの言葉は配布された資料の中で空欄になっており、「初めて知った人は自分でメモして覚えてください」と中島さんが聴衆に語りかけると、ここでまた笑いが起こる。
このあたりから中島さんの話はどんどん具体的になっていく。

現実に即したエピソードを交え、自分が写ったスライド写真も駆使しながら、中島さんは「性に異常も正常もないんです」と説く。
「LGBTを(マイノリティーとして)受け入れるのではなく、LGBTも含むすべての人の性に等しく人権があるのだと考えましょう」と。

こう書くと堅苦しい性教育講義のようだが、中島さんの話は終始明るい口調で、随所に博多弁や関西弁を挟み、聴衆を笑わせながら進行。
手元に配られた資料やスライドを使った説明も大変わかりやすく、自分が知ったつもりになっていて実は知らなかった話がいっぱい出てきて、こう言っては不謹慎ながら、最初から最後までとにかく面白かった!

これほど中身のある講演は、野球界で言えば落合博満さんの講演以来。
こういう面白くてためになる話を1時間半以上もタダで聴いて、質問までして丁寧に答えてもらって、「ありがとうございます」の一言だけで帰っていいのか、何か寄付でもしなきゃいけないんじゃないかと思ったほど。

性の問題について悩んでいる人、もしくは悩んでいる人を知っている人は、ぜひ中島潤さんの話を聴きに行ってください。
それだけで救われるかどうかはわからないけれど、少なくともずっと前向きな気持ちになれるはず、小林このみさんのように。

主催者・富士見市男女共同参画推進会議は来年2月にも同じテーマのセミナーを開催する予定
スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
先頭に戻る