【明日30日発売!】Sports Graphic Number 1008『前田智徳インタビュー/求道者の回想』

文藝春秋 2020年8月20日号 定価640円=税込

元広島カープのスラッガー、かつて「孤高の天才」と呼ばれた前田智徳氏にインタビューしました。
今回のテーマは、前田氏が熊本工業時代に3度出場した甲子園での敗戦で、得たもの、失ったもの、いまだ心に残っているもの。

とりわけ、高校3年生で出場した1989年夏、2回戦で敗退したとき、球児・前田の胸中に去来したものは何だったのか。
「ああ、あの時の心境ですか…」と前置きして、キッパリと口にしたセリフが、いかにもサムライと言われた前田氏らしい言葉だった。

「僕はあまり過去を振り返りたくはないんですが…」と言いながら、約1時間、熱く、静かに、じっくりと「前田智徳にとっての甲子園とは何だったか」を語って頂きました。
この際だからと、前田氏が甲子園に残した数々の伝説についても改めて取材。

最後の夏、初回に先制タイムリーを打ったあと、「打撃に納得できない」と涙を流し、攻守交代の際に守備位置に就こうとせず、野球部長に説得された、というのは本当か?
その年の2回戦に敗れると、主将としての責任を痛感し、チームメートに泣きながら謝罪したという話の真偽は?

高2の夏の甲子園で初戦敗退したときは、2週間もグラウンドに姿を見せず、退部するのではないかと監督、部長、チームメートを慌てさせた、という伝説もあった。
以上、前田氏本人による答えはすべて、明日発売のナンバーに書いてあります。

ちなみに、私が前田氏に話を聞いたのは今回が2度目。
前回はまだ彼が現役選手で、2008年2月のキャンプ中でした。

このときは、月刊誌〈Wedge〉の編集さんの尽力により、1時間半のロングインタビューが実現。
カープ、打撃、プロ野球についての思い、経験、自己分析等々、前田氏の発するすべての言葉が独特かつ強烈で、非常に面白く、興味深く、いまに至るも細部まで鮮明に記憶に残っています。

あれから12年、いまや五十路を前にした前田さんは、さすがに年齢相応の落ち着きを漂わせていたけれど、やはりこの人は孤高の野球人でした。
この原稿を、カープファンや前田ファンをはじめ、今年春夏の甲子園大会に出場できなかったすべての球児のみなさんに捧げます。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』、WEDGE Infinity『赤坂英一の野球丸』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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