『帰ってきたヒトラー』🤗

Er ist wieder da 116分 2015年 ドイツ 日本公開2016年 ギャガ 

ヒトラーが自殺寸前だった1945年から2014年のベルリンにタイムスリップ、モノマネ芸人と勘違いされてテレビのトーク番組に登場し、ネットで大騒ぎされて一躍全国的な人気者となるというブラック・コメディ。
ドイツで250万部を超えるベストセラーとなり、日本を含む42カ国語に翻訳されたハンガリー系移民のドイツ人ジャーナリスト、ティムール・ヴェルメシュの原作小説を映画化した作品である。

開巻早々、ヒトラー(オリヴァー・マスッチ)が礼儀作法のインストラクターに「どうして国民は我が総統に敬礼ができんのだ」と理路整然と不満を並べ立て、インストラクターが答えに窮してしまう。
手持ちカメラで画面が揺れ、インストラクターの困惑した表情が演技に見えないことから、彼が俳優ではなく本物のインストラクターで、ドキュメンタリー・タッチの手法のひとつであることがわかる。

このように、本筋のストーリーの合間、ヒトラーに扮したマスッチを店や街頭で一般市民と接触させ、ドキュメンタリーとして撮った映像を取り入れていることが本作の大きな特徴だ。
ヒトラーを見て不快感を示したり、食ってかかったりする人がいる一方で、よくできたメークだ、キツいジョークだと面白がってヒトラーに群がり、スマホでツーショットを自撮りしたり、その画像をSNSにアップしたりする人のほうがはるかに多いのである。

編集によって〝ヒトラー支持者〟が多いように見せている面もあるにせよ、ヒトラーを演じたマスッチや監督のデヴィッド・ヴェンドがインタビューに答えて語っているところによると、現実に大笑いしながらヒトラーに近寄ってくる人はかなりの数に上ったという。
終戦から約70年、当のドイツ国民もいまや、ヒトラーをお笑いの対象として見るようになっている、ということか。

行く先々で歓迎されたヒトラーは調子に乗り、実在する極右政党のドイツ国家民主党(NPD)の本部を訪問。
ヒトラーにやり込められる党首は俳優が演じている架空の人物、その様子を見守る副党首は本物の党幹部カール・リヒターで、虚実が綯い交ぜになった独特の雰囲気を醸し出すことに成功している。

こういう劇映画とドキュメンタリーを一緒くたにした手法は過去に先例があるそうだが、ドイツ人がヒトラーでやった、というところが何とも大胆。
この手法のおかげで、ヒトラーが独裁者になり得たのは彼が当時のドイツ国民から熱狂的な指示を受けていたからであり、それはヒトラー自身にそれだけ人を惹きつける魅力があったからだった、という監督や原作者の主張がよく理解できるようになっている。

最後はヒトラーをお笑い芸人と思い込んでいたフリーのテレビ・ディレクター、ファビアン・ザバツキ(ファビアン・ブッシュ)がヒトラーは本物だったと察知。
このままヒトラーを暴走させては大変なことになるからと、自らヒトラーを始末しようとするのだが、というところでもう一捻りして幕切れとなる。

肝心のホロコーストについてはほとんど触れていないこと、身長175センチのヒトラーを演じるにはマスッチが193センチと大き過ぎることなど、違和感を覚えた部分も少なくない。
が、全体的には優れたブラック・ユーモアの快作と評価したい。

採点は80点です。

旧サイト:2016年06月23日(木)付Pick-upより再録。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2020リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら😏  D=ヒマだったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録

26『ヒトラー〜最期の12日間〜』(2004年/独、伊、墺)A※
25『ヒトラー暗殺、13分の誤算』(2015年/独)A
24『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』(1986年/米)B
23『大脱出2』(2018年/中、米)D
22『大脱出』(2013年/米)B
21『記者たち 衝撃と畏怖の真実』(2018年/米)B
20『ハンターキラー 潜航せよ』(2018年/米)C
19『グリーンブック』(2018年/米)A
18『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』(2017年/英、米)B
17『天才作家の妻 40年目の真実』(2018年/瑞、英、米)B
16『デッドラインU.S.A』(1954年/米)B
15『海にかかる霧』(2014年/韓)A※
14『スノーピアサー』(2013年/韓、米、仏)A※

13『前科者』(1939年/米)
12『化石の森』(1936年/米)B
11『炎の人ゴッホ』(1956年/米)B※
10『チャンピオン』(1951年/米)B※

9『白熱』(1949年/米)A
8『犯罪王リコ』(1930年/米)B
7『ユリシーズ 』(1954年/伊)C
6『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(2017年/泰)B
5『七つの会議』(2019年/東宝)A
4『キャプテン・マーベル』(2019年/米)B
3『奥さまは魔女』(2005年/米)C
2『フロントランナー』(2018年/米)B
1『運び屋』(2018年/米)A

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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