『アイアンクロー』😉

The Iron Claw
132分 2023年 アメリカ=A24、ライオンズゲートUK
日本公開:2024年4月5日 配給:キノフィルムズ
@kino cinema 新宿 THEATER2 2024年4月21日16:05〜

親子2代に渡ってプロレス界を席巻しながら、レスラーとして活躍した兄弟5人のうち3人(実際は6人中4人)が非業の死を遂げたフォン・エリック一家の悲劇を描いた人間ドラマ。
1963(昭和38)年生まれの僕は父フリッツをはじめ、ケヴィン、デヴィッド、ケリー、マイクの試合もオンタイムで見ており、いつしかエリック家に「呪われた一族」という忌まわしい異名がつけられた経緯もよく覚えている。

だから、ついにあの忌まわしいファミリーのヒストリーがハリウッドで映画化されたかと、出来栄えや感想とは別に、ある種の感慨を覚えて劇場へ足を運んだ。
恐らく、僕と同じような、10代の頃にプロレス小僧だった観客は少なくないだろう。

本作はやはり子供の頃、熱狂的なプロレスファンだったという監督ショーン・ダーキン(1981年生まれ)が、エリック兄弟の唯一の生き残り、次男ケヴィンに取材してオリジナル脚本を書いている。
そのケヴィンが主人公となり、自分の人生で相次いだ兄弟の死、一家が崩壊していく過程で経験した苦悩と葛藤を綴っていく、というのが本作のメインストーリー。

日本のプロレス専門メディアではこれまで、エリック兄弟の死はドラッグと結びつけて語られることが多かった。
全日本プロレス参戦中に滞在先のホテルで死んだ三男デヴィッドは、腸の破裂が直接の原因だったが、当時のレスラーのほとんどがそうだったように、ステロイドを常用していたため、何らかの副作用で昏睡状態に陥ったのではないかと見られていた。

兄弟の中で人気、実績ともに最高の活躍を見せた四男ケリーが拳銃自殺をする前日、禁止薬物(コカイン)で実刑判決を受けたこともよく知られており、五男マイクは睡眠薬の過剰摂取で自殺している。
映画ではまったく触れられていないものの、六男クリスもステロイドを常用していたあげくに拳銃自殺を遂げた。

なぜエリック兄弟はそこまで心身ともに追い詰められてしまったのか。
あくまでも本作、及びケヴィンの述懐から受けた印象ではあるが、最大の原因は稀代の名レスラー、父フリッツにかけられた過剰なまでの期待とプレッシャー、今で言う〝毒親〟ぶりにあったようだ。

戦後の1950年代にドイツ系の悪役レスラーとして売り出したフリッツ(ホルト・マッキャラニー)は、テキサス州ダラスに拠点を置き、興行会社WCCW(ワールド・クラス・チャンピオンシップ・レスリング)を創業して、80年代以降、ケヴィン(ザック・エフロン)、デヴィッド(ハリス・ディキンソン)、ケリー(ジェレミー・アレン・ホワイト)、マイク(スタンリー・シモンズ)と息子たちを次々に看板レスラーに仕立て上げていく。
そうした営みをフリッツは父としての愛情、家長としての務めゆえの育て方だと信じて疑わず、その父の権威と信念にひれ伏すように育ってきた息子たちは、何とかして父の期待に応えようと無理を重ね、もがき続ける。

とくにケヴィンは生来おとなしい性格で、コミュニケーション能力に乏しく、試合を盛り上げるマイクパフォーマンスが大の苦手。
女性ファンにサインを求められてもお愛想や軽口の一つも言えず、のちに結婚した妻パム(リリー・ジェームズ)と初めてセックスしたときはまだ童貞だった、という赤裸々な描写もある。

そんな気が優しくて引っ込み思案なケヴィンを、父フリッツはNWA世界ヘビー級王者ハーリー・レイスに挑戦させ、一レスラーとしてだけではなく、WCCWトップの後継者としてマスコミの矢面に立たせる。
さらに、精神的に疲弊した弟たちケリーやマイクは、父には到底逆らえないからとケヴィンに相談を持ちかけて、これがより一層ケヴィンのストレスと鬱状態を募らせていった。

しかし、本作におけるフリッツは『スター・ウォーズ』シリーズに出てくる悪の権化ダース・シディアス(パルパティーン)のように、狂気に蝕まれた家父長的妖怪として描かれているわけでは決してない。
名レスラーとして一代で名声と巨万の富を築いたフリッツは、あくまでも一人間として、エリック家の家長として息子たちを逞しく育て上げ、次代の誇りになり得る一人前の男にしようと努力していたのだ。

フリッツを好演したマッキャラニーは「フリッツ・フォン・エリックはテキサス版リア王のような人間だった」と語っており、これはまさに言い得て妙(パンフレットのプロダクション・ノーツより)。
フリッツの妻で兄弟たちの母ドリス(モーラ・ティアニー)が敬虔なクリスチャンで、一家の心の拠り所でもあったことは本作を観て初めて知った。

冷静に考えると救いようのない話だけれど、本作はケヴィンの心の再生の物語でもあり、エンディングのワンカットには観ているこちらもやっと救われたような気分になりました。
昭和のプロレスファンはもちろん、最近のプロレスファンにも一見をお勧めします(プロレスファンでない人には面白いかどうかわかりませんが)。

オススメ度B。

A=ぜひ!🤗😱 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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