
2024年3月3日に放送されたドキュメンタリー番組、NHKスペシャル『”絶望”と呼ばれた少女 ロシア・フィギュア ワリエワの告白』を、取材と制作に関わった記者とディレクターが改めて書籍化したスポーツノンフィクション。
国外のテレビ局が初めてモスクワ市フィギュアスケートアカデミーを取材したテレビ版も非常に秀逸な作品だったが、放送されなかった部分を活字に書き起こした本書も大変興味深い内容となっている。
最初に引き込まれたのは北京オリンピックの最中、カミラ・ワリエワのドーピング違反が発覚し、選手村からの追放を通告されたくだり。
ワリエワを育てたコーチ、エテリ・トゥトベリーゼの「15歳の少女をホテルで一人にしてはおけない」という抗議により、特例として選手村にとどまることはできたものの、ワリエワはかえって針のムシロに置かれてしまう。
ドーピング違反が知れ渡った途端、前日までふつうに挨拶や会話をしていた人たちが、途端に冷たく、よそよそしくなった、と打ち明けるワリエワの告白が痛々しい。
様々なオリンピック競技の中でも選手の平均年齢が極めて低く、社会的にはまだ子供のうちに世界の檜舞台に立たされ、その中で一転して汚れた存在のように扱われることが、どれだけ選手の心身に深刻な悪影響をもたらすか。
そうしたことを改めて感じさせられると同時に、NHKのロングインタビューに自分の言葉で思いを打ち明けているワリエワの受け答えにも、別の意味で感心させられた。
彼女の表情や言葉遣いを描写した行間からも、密着取材を行った著者の抱いた愛情とリスペクトがヒシヒシと伝わってきて、この少女が自ら禁止薬物に手を出したとは到底思えない。
しかし、それだけに、CAS(スポーツ仲裁裁判所)に対して異議申し立てが行われた後の、「ワリエワ側」の主張が二転三転していることに違和感を禁じ得なかったのも事実。
問題の禁止薬物トリメタジジンは、祖父ソロヴィヨフが常用していたものをワリエワが誤って口にしてしまったものだという根幹となる主張には、何ら物証も傍証もないのだ。
CASによる審理の最中、言い訳の「シナリオ」を考え、様々に脚色していた「ワリエワ側」の人間は誰なのか。
ワリエワはその人物を知っていて、自らもそのシナリオに沿って行動していたのか。
ワリエワが何らかの偽装工作に加担としたとは信じたくない半面、嚥下しがたい疑惑が喉に引っかかるのも確か。
国際大会におけるドーピング違反の闇がいかに深く、複雑な背景が隠されているか、活字版の本書は生々しく伝えてくる。
なお、テレビ版ではわからなかった活字版の読みどころがもう一つ。
トゥトベリーゼ・コーチはテレビ版では非常に厳しかった印象が強く、ロシアの育成システムが生み出した〝鬼コーチ〟の代表のようにも思えたが、実は若い頃にフィギュアスケーターを志して挫折し、経済的な事情からアメリカでアイスダンスのショーに出演して糊口を凌いでいた時期もあった。
このエテリ自ら語ったアメリカでの波瀾万丈の青春時代は、マリア・シャラポワの自伝を彷彿とさせる面白さ。
本書にはそうした人間ドラマとしての読みどころもあるだけに、常にアスリートや指導者と隣り合わせに存在するドーピングの闇は恐ろしい、と改めて思わないではいられない。
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