【きょう6日アップ!】東スポWEB『平成球界裏面史』5

報道陣を相手に熱弁を振るっていたころの巨人オーナー・渡辺恒雄氏(©東京スポーツ新聞社)

読売新聞グループ代表取締役主筆・渡辺恒雄氏の〝業績〟が、最近ふたたびクローズアップされている。
NHKのドキュメンタリー番組『BS1スペシャル 独占告白 渡辺恒雄』(2020年)が再放送され、内容を書籍化したノンフィクションも新たに発売された。

その渡辺主筆が〝巨人のドン〟として君臨するようになったころ、読売新聞主催の巨人軍激励会の挨拶で読み上げた原稿(B4コピー用紙5枚)が、筆者の手元にある。
平成4年(1992年)4月1日、ホテルニューオータニの壇上で、渡辺氏は藤田元司監督以下、巨人の首脳陣、選手たちを前にこうぶち上げた。

「今年、諸君が優勝してくれれば、十億円選手を作りましょう。
ただし、これは今日が四月一日であることを考えて下さい」(原文ママ、以下同)

こう言って、「今日は失言しないよう、原稿をワープロで打ってきたんだ」とアドリブで補足。
会場の笑いを誘うと、ふたたび真面目な顔つきに戻ってこう原稿を読み続けた。

「しかし以下はエイプリル・フールではありません。
本当に優勝すれば一億円選手を何人作ってもよい。

桑田君は二十勝などといわず、二十五勝したら三億円出そうではありませんか。
原君もホームランを四十本打ってくれたら三億円出そう」

この激励会は渡辺氏が読売新聞社社長、イコール〝巨人のドン〟となってから初の公の場。
面白おかしく報じられないようにと用心したらしく、原稿にはこんな一節が盛り込まれていた。

「私は、諸君に対し、多少きびしい言葉を使ったため、スポーツ新聞に、放言、暴言、爆弾発言等と書かれ、なかには『吠えた』などと見出しをつけられました」

われわれ報道陣に配布された原稿のコピーは、その次の1行が黒く塗り潰されていた。
が、今時の役所の〝のり弁文書〟とは違い、サインペンで上書きしただけなので、いまでもその下の文章がはっきりと読み取れる。

そこに何と書いてあったかというと…、
この続きは東スポWEBで御一読ください!

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
先頭に戻る