エゴン・シーレ展を見に行った

エゴン・シーレ展出口の記念撮影用ボード

東京都美術館で開催中のエゴン・シーレ展は、ちょうどプロ野球の取材が忙しくなる1月26日に始まったので、暇を見つけて早く行っておかなければと思っていた。
象徴派や表現主義の第一人者であるとともに、私生活がスキャンダルにまみれていたことでも知られ、28歳で夭逝した生涯は何度か映画化もされている。

僕も学生時代からシーレの名前と評判だけは知っていたのだが、本物の作品を直に見たことは一度もない。
今回の展覧会は、代表作を最も多く所蔵しているウィーンのレオポルド美術館のコレクションが30年ぶりに日本で公開されており、見逃したら一生ものの損になる。

展覧会は全14章立てで、シーレ作品が53点、シーレと影響を与えあったグスタフ・クリムト、カール・モルなどウィーン分離派の作品が65点の計118点(作品リストより)。
シーレ初期の肖像画『イタリアの農民』、『毛皮の襟巻きをした芸術家の母(マリー・シーレ)の肖像』、『レオポルド・ツィハチェック(叔父)の肖像』(すべて1907年)からして、とても17歳で描いたとは思えない力強さに溢れており、ここで早くも天才だったことを強烈に印象づけられる。

クリムトの影響が顕著な『装飾的な背景の前に置かれた様式化された花』(1908年)、日本の絵画がモチーフとなった『菊』(1910年)で新境地を開くと、シーレは次第に内省志向を強めていく。
20代前半の代表作『自分を見つめる人Ⅱ(死と男)』(1911年)、『ほおずきの実のある自画像』をはじめ100点の作品が残っている自画像は不気味さに満ち、恋人ヴァリ・ノイツェルを描いた『悲しみの女』、『母と子』(ともに1912年)などの女性像は、美しいという以上に異様な迫力を感じさせる。

音声ガイドを聞きながら2時間超、じっくり見て回ったら結構疲れました。
風景画だけはなぜか写真撮影が許可されていたので、印象に残った作品を貼っておきます。

『吹き荒れる風の中の秋の木』(1912年)
『ドナウ河畔の街シュタインⅡ』(1913年)
『モルダウ河畔のクルマウ(小さな街Ⅳ)』(1914年)
スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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