『健さん』(WOWOW)😉

95分 2016年 レスペ

2014年に他界した日本を代表する映画スター・高倉健の生涯を、生前にゆかりの深かった人たちがインタビューに応えて振り返ったドキュメンタリー映画。
監督の日比遊一はニューヨークを拠点に活動している写真家・ドキュメンタリー作家で、登場する映画人もハリウッドから東映の俳優まで多岐に渡っている。

オープニングは『単騎、千里を走る。』(2006年)で健さんと共演した中国人俳優チュー・リンのモノローグ。
リンが大阪・新世界のひなびた映画館に入り、健さんの主演作品を観ながら「よっ、健さん!」「待ってました」とかけ声をかけている日本人の観客が映し出され、健さんを知る人々に会う旅に出ることにした、と語るところから本筋に入る。

ただし、この場面はドキュメンタリーではなく、明らかに演出が入っていて、しかもスクリーンに映っているのは、健さんがブレークした東映の任侠映画ではなく、ハリウッドで製作された『ザ・ヤクザ』(1974年)。
この出だしから、本作が東映時代の健さんより、国際的スターとなってからの健さんのイメージにピントを合わせた映画であることがわかる。

ハリウッド側の出演者は非常に豪華で、『ザ・ヤクザ』の脚本を書いたポール・シュレイダー、『ブラック・レイン』(1989年)で共演したマイケル・ダグラス、撮影監督を務めたヤン・デ・ボン、健さん主演の『君よ憤怒の河を渉れ』(1976年)を『マンハント』(2016年)としてリメイクしたジョン・ウーなど多士済々。
健さんに『沈黙-サイレンス-』(2016年)のオファーを出していたというマーティン・スコセッシの証言も興味深い。

しかし、僕が好きなのはやはり、東映時代に数多くのヤクザ映画で共演した梅宮辰夫や八名信夫が明かしたエピソードである。
健さんは生前、一滴も酒を飲まないコーヒー党として知られていたが、これは健さん自身が作ったペルソナのひとつだったらしい。

梅宮曰く、健さんは決して下戸ではなく、若いころはよく酒を飲んでいた。
ところが、酒癖はいいほうではなかったようで、ある日、酔っ払ってタクシー運転手をボコボコにしてしまい、その事件を機に酒を断ったのだと、梅宮に打ち明けたという。

以来、コーヒー党となった健さんは、自分が淹れたコーヒーをポットに入れて撮影現場に持参し、共演者やスタッフに振る舞うようになった。
ここまでは映画ファンにもよく知られたエピソードで、健さん自家製のコーヒーを飲んでみたいと思ったファンも多いはず。

ところが、八名によると〝健さんコーヒー〟は非常に不味く、飲めたものではなかったという。
そのため、挨拶代わりに口だけつけて残していると、健さんは「飲めよ、美味しいんだから」と、かつての酒癖を思わせる態度で(?)迫ってきたそうだ。

ちなみに、僕が好きな健さんの逸話は、黒澤明に『乱』(1985年)のオファーを受けた際、健さんが直接会って丁重にお断りしたときのやり取り。
萩原健一さんが健さんから直に聞いた話として教えてくれ、せっかくだから僕が構成を務めた自叙伝『ショーケン』(2008年/講談社)に加えようと、実際に原稿にもしたが、萩原さん本人の強い意向でボツにせざるを得なかった。

もったいないとは思ったものの、萩原さんが黒沢の名誉や、存命中だった健さんの立場に配慮した気持ちは、いまになってみればわからないでもない。
あの時代のスターにはまだまだ埋もれた話がたくさんあるようだ。

オススメ度B。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2021リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録

108『ゴルゴ13』(1973年/東映)D
107『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』(2015年/伊)B※
106『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』(2020年/米)A
105『真犯人』(2019年/韓)B
104『ダイヤルM』(1998年/米)B※
103『ダイヤルMを廻せ!』(1954年/米)A
102『私は告白する』(1953年/米)A
101『黄泉がえり』(2003年/東宝)B
100『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』(1994年/米)B
99『ワンダーウーマン 1984』(2020年/米)B
98『博士と狂人』(2019年/英、愛、仏、氷)C
97『追悼のメロディ』(1976年/仏)A※
96『デ・パルマ』(2015年/米)B
95『ブルース・スプリングスティーン 闇に吠える街 30周年記念ライブ2009』(2009年/米)B
94『ブルース・スプリングスティーン ライブ・イン・バルセロナ』(2003年/米)A
93『ブルース・スプリングスティーン ライブ・イン・ニューオリンズ2006~ニューオリンズ・ジャズ・フェスティバル』(2006年/米)B
92『ウエスタン・スターズ』(2019年/米)B
91『水上のフライト』(2020年/KADOKAWA)C
90『太陽は動かない』(2021年/ワーナー・ブラザース)C
89『ファナティック ハリウッドの狂愛者』(2019年/米)C
88『ミッドウェイ』(2019年/米、中、香、加)B
87『意志の勝利』(1934年/独)A
86『美の祭典』(1938年/独)B
85『民族の祭典』(1938年/独)A
84『お名前はアドルフ?』(2018年/独)B
83『黒い司法 0%からの奇跡』(2019年/米)A
82『野球少女』(2019年/韓)B
81『タイ・カップ』(1994年/米)A※
80『ゲット・アウト』(2017年/米)B※
79『アス』(2019年/米)C
78『ふたりのJ・T・リロイ ベストセラー作家の裏の裏』(2018年/米)C
77『キング・オブ・ポルノ』(2000年/米)B※
76『怒りの葡萄』(1940年/米)A
75『パブリック 図書館の奇跡』(2018年/米)A
74『バクラウ 地図から消された村』(2019年/伯、仏)B
73『そして父になる』(2013年/ギャガ)A※
72『誰も知らない』(2004年/シネカノン)A※
71『歩いても 歩いても』(2008年/シネカノン)
70『東京オリンピック』(1965年/東宝)B※
69『弱虫ペダル』(2020年/松竹)B
68『ピンポン』(2002年/アスミック・エース)B
67『犬神家の一族』(2006年/東宝)B
66『華麗なる一族』(2021年/WOWOW)B
65『メメント』(2000年/米)B
64『プレステージ』(2006年/米)B
63『シン・ゴジラ』(2016年/米)A※
62『GODZILLA ゴジラ』(2014年/米)B※

61『見知らぬ乗客』(1951年/米)B
60『断崖』(1941年/米)B
59『間違えられた男』(1956年/米)B
58『下女』(1960年/韓)C
57『事故物件 恐い間取り』(2020年/松竹)C
56『マーウェン』(2019年/米)C
55『かもめ』(2018年/米)B
54『トッツィー』(1982年/米)A※
53『ジュディ 虹の彼方に』(2019年/米)B
52『ザ・ウォーク』(2015年/米)A※
51『マン・オン・ワイヤー』(2008年/米)B※
50『フリーソロ』(2018年/米)A
49『名も無き世界のエンドロール』(2021年/エイベックス・ピクチャーズ)B
48『ばるぼら』(2020年/日、独、英)C
47『武士道無残』(1960年/松竹)※
46『白い巨塔』(1966年/大映)A
45『バンクーバーの朝日』(2014年/東宝)A※
44『ホームランが聞こえた夏』(2011年/韓)B※
43『だれもが愛しいチャンピオン』(2019年/西)B
42『ライド・ライク・ア・ガール』(2019年/豪)B
41『シービスケット』(2003年/米)A※
40『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年/米)A※
39『さらば冬のかもめ』(1973年/米)A※
38『30年後の同窓会』(2017年/米)A
37『ランボー ラスト・ブラッド』(2019年/米)C
36『ランボー 最後の戦場』(2008年/米)B
35『バケモノの子』(2015年/東宝)B
34『記憶屋 あなたを忘れない』(2020年/松竹)C
33『水曜日が消えた』(2020年/日活)C
32『永遠の門 ゴッホが見た未来』(2018年/米、英、仏)B
31『ブラック・クランズマン』(2018年/米)A
30『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』(2019年/米)A
29『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年/東映)C
28『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』(1969年/東映)B
27『徳川女系図』(1968年/東映)C
26『狂った野獣』(1976年/東映)A
25『一度死んでみた』(2020年/松竹)B
24『ひとよ』(2019年/日活)C
23『パーフェクト・ワールド』(1993年/米)B
22『泣かないで』(1981年/米)C
21『追憶』(1973年/米)B
20『エベレスト 3D』(2015年/米、英、氷)B※
19『運命を分けたザイル』(2003年/英)A※
18『残された者 北の極地』(2018年/氷)C
17『トンネル 9000メートルの闘い』(2019年/諾)C
16『ザ・ワーズ 盗まれた人生』(2012年/米)A※
15『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019年/仏、比)A
14『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン6』(2018年/米)C
13『大時計』(1948年/米)B
12『汚名』(1946年/米)B
11『マザーレス・ブルックリン』(2019年/米)B
10『エジソンズ・ゲーム』(2017年/米)C
9『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019年/米)C
8『ジョン・ウィック:チャプター2』(2017年/米)B
7『ジョン・ウィック』(2014年/米)C
6『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年/米)C
5『宇宙戦争』(2005年/米)B※
4『宇宙戦争』(1953年/米)B※
3『宇宙戦争』(2019年/英)B
2『AI崩壊』(2020年/ワーナー・ブラザース)B
1『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019年/松竹)

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
先頭に戻る