飯能でボロボロ🚵‍♂️

右回りループの前半、課題にしている〈せせらぎポイント〉の手前

つい最近、10月か11月にトレイルツアーをやりませんか、とマウンテンバイクのお仲間からLINEが届きました。
ありがたいお誘いではあるんですが、今年は春先に仕事が立て込み、夏は猛暑だったせいもあって、気がついたら半年近くもトレイルに行っていない。

Blogを遡ってみたら、最後に飯能の里山に行ったのは今年3月16日。
2004年に本格的にマウンテンバイクを始めて以来、記憶している限りでは最長のブランクである。

この状態のままトレイルツアーに参加したら、お仲間に置いてきぼりにされるだけでなく、下手をしたら途中でリタイヤしてしまいかねない。
というわけで、野球のゲーム取材がないきょう、一所懸命早起きして飯能へ行ってきました。

練習はウソをつかない、という言葉がスポーツにはあるけれど、ブランクもまたウソをつかない。
右周り1周目のライディングの出来栄えは散々で、まるでまったくの初心者だった17年前に戻ったかのようだった。

とくに1周目の前半、山中を通る上り基調の路面が雨残りでスリッピーだったため、上りで踏み込めばズルッとタイヤが滑り、下りでブレーキングすればまたズルズルとタイヤが横に流れてしまう。
仕方がなく、1周目は何年ぶりかというぐらい、ちょっとでもリスキーだと感じたら、何度も自転車から降りて押しました。

右周りループの最終地点には〈奥武蔵マウンテンバイク友の会〉のこんな〝標識〟が

ほうほうの体で1周目を終えた直後、正直言ってきょうはもう帰ろうかとも思ったけど、そうしたら自信をなくし、山に対して後ろ向きな気分を引きずってしまう。
少しは手応えらしきものを得ておこうと、いつものパターンなら左周りループに行くところを、途中の激坂が通行禁止になっているため、もう一度右周りにチャレンジ。

コンディションが一番良かったころに比べればまだまだながら、2周目は結構〝乗車率〟が高かった。
これで左周り終盤の下りをやれば、そこそこ自信が復活するだろうと欲を出し、課題の上りを上った直後、通常なら右に行く地点から左へ向かったのがまたとんだ失敗。

そのうち左周りループのルートに合流するだろうと思っていたら、どんどんいままでに見たこともないトレイルに入り、最初のうちはなかなか楽しい下りだとなあ、といい気になって飛ばしていると、次第に道らしい道がなくなって、とうとう降りて押すしかない急峻な下り坂に合流。
大汗をかきながら自転車を担ぎ下ろしたら、そこはなんと、左周りループの入口だった、というオチがつきました。

しかし、こういう偶然もまた里山を走る楽しみのひとつ。
飯能はまだまだ奥が深い、近いうちにまた来よう、と思いを新たにした一日でした。

下山後のランチは〈祥龍王記〉のスタミナ焼肉定食880円

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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