それでも、オリンピックを中止にするべきだ、とは言えない理由

東京オリンピックのフラッグが飾られた神楽坂通り商店街

きょう、東京の新型コロナウイルス新規感染者数が1979人に達した。
このまま感染拡大が続けば、東京オリンピックの開会式が行われる明日以降、早い時期に2000人台に達し、大会期間中に過去最多(今年1月7日)の2520人を更新する可能性も高い。

振り返れば、東京オリンピックの1年延期が決定された昨年3月24日、東京の新規感染者数は17人で、当時は〝この程度〟でも過去最多だったとして大きなニュースになった。
だからこそ延期して「コロナに打ち勝った証」「安心・安全」「世界に勇気を与える」大会を目指してきたはずが、実際に1年経ってみたら、感染者数が100倍以上に膨らんだ状況で開催されようとしている。

この感染拡大(というよりもはや感染爆発になりつつあると言うべきか)に、国民や識者の間から中止論が沸き起こっているのも、当然と言えば当然だろう。
中止論者の主張は十分に理解できるし、「スポーツの力を信じるべき」だなどと言うつもりもないが、しかし、それでも、僕はまだ、できるだけ大禍なく東京オリンピックが行われることを祈っている。

僕は今回のオリンピックを前に、男子自転車ロードレース日本代表2人のうちの1人、増田成幸(宇都宮ブリッツェン)にインタビューした。
昨年10月12日、代表選考期限を5日後に控え、スペイン・バスク地方でのレースでランキング2位の中根英登(NIPPO・デルコ・ワンプロヴァンス=当時)を僅差で逆転、「99%不可能」と言われた日本代表の座を掴み取った選手である。

増田がどれほどケガと苦労を重ね、何度絶望の淵から這い上がってきたかについては、Number Webに寄稿した拙文をぜひ御一読いただきたい。
東京オリンピックの代表争いの中でも最も劇的だった増田と中根の対決は、ドキュメンタリーとしてNHK〈BS1スペシャル〉で放送された。

文字通り、血を吐くような思いをして日本代表の座を勝ち取ってからも、東京オリンピックは中止になるのではないか、いや、中止にするべきだ、と口にする人は、増田の周辺でも後を断たなかった。
そんなとき、増田はいつも、胸の内で「そんなこと、俺に言ったってしょうがないだろう」と思っていたという。

「自分から諦めたら、それだけ終わりは早くやってくる。
自分から投げ出してしまったら、そこでおしまいなんです。

そういうこと、いままでにケガや病気、大変な思いをした経験から、僕にはよくわかってるんです。
オリンピックについて何だかんだと言われると、かえってそういう気持ちが強くなりますね」

リモート取材ではあったが、単独インタビューでそういう力強い言葉を聞かせてくれたロードレーサーの熱い走りを、オリンピックで見たいからこそ、「中止にするべきだ」とは言えないし、思えないのである。
恐らく、様々な競技の日本代表に取材したライターやジャーナリストの多くが、僕と似たような気持ちで東京大会の成り行きを見守っているはずだ。

増田の出場する自転車ロードレースは開会式の翌日、24日午前11時に東京都立武蔵野の森公園からスタートする。
37歳の彼にとっては最初で最後になるだろうオリンピックで、悔いを残さない走りをしてほしい。

明日はこの上空をブルーインパルスが飛ぶ予定

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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