『怒りの葡萄』(WOWOW)🤗

The Grapes of Wrath
128分 モノクロ 1940年 アメリカ=20世紀フォックス 日本公開:1963年

前項『パブリック 図書館の奇跡』(2018年)のクライマックスでは、この映画の同題原作小説が非常に重要な役割を果たしている。
作者ジョン・スタインベックはこの小説によってピューリッツァー賞を受賞しており、『パブリック』では登場人物の女性が「アメリカでは10代の必読書でしょう」と話す場面もあった。

そういうシーンを観ていて、一昨年2月18日、WOWOWの毎年恒例アカデミー賞特集で録画した映画化版を録画しながら、2年後のいままでほったらかしにしていたのを思い出した。
かなり昔、断片的に観たことは覚えていて、トム・ジョード(ヘンリー・フォンダ)が母(ジェーン・ダーウェル)に別れを告げるシーンは割と正確に記憶していた。

世界恐慌が巻き起こっていた1930年代、アメリカ中西部では資本家による農業の合理化、それに伴うダストボウル(大掛かりな開墾が招いた砂嵐)のために家と農地を追われる農民が続出。
流民となった彼らは仕事を求めて州から州へと彷徨い歩いていたが、行く先々で蔑みの視線を向けられ、地主や農場主に足元を見られては低賃金でこき使われていた。

主人公のジョードは殺人罪で服役していた刑務所から、恩赦によって4年で出所したばかり。
ヒッチハイクで故郷のオクラホマ州に帰ってくると、旧知の元説教師ジム・ケーシー(ジョン・キャラダイン)に農民たちが地主に追い立てを食っていると言われ、荒れ果ててもぬけの殻となった実家の変わりように愕然とする。

地主の使者はブルドーザーのようなトラクターでやってきて、ジョード家の隣のミューリー・グレイヴス(ジョン・カレン)の家を破壊。
憤慨したトムやミューリーに向かって、「おまえらの家を壊さないと俺がクビになる。俺にも女房や子供がいるんだ」とトラクターを運転している男が言い放つ場面に、当時のアメリカ資本主義が抱えていた問題が示されている。

カリフォルニア州でオレンジ摘みの人夫を募集していると聞いたトムは、両親、祖父母、妹夫婦、幼い妹や弟、伯父や従弟ら一族の全員をトラックに乗せ、ルート66を走って一路新天地を目指す。
しかし、旅の途中で祖父母が死に、出会った流民にオレンジ摘みの募集は嘘っぱちだと聞かされ、着いてみたら案の定、仕事はなく、いったん腰を落ち着けようとした貧民キャンプも地元民に焼き討ちされそうになり、逃げ出すほかなかった。

貧民キャンプを転々としていたトムは、説教師から社会活動家に転身していたケーシーと再会。
これからはただ仕事を探し回るだけでなく、俺たちのような虐げられている人間たちが団結し、社会を変えようとしなければならない、そうしなければ、いつまで経っても世の中は変わらないだろう、と持論を展開するケーシーに、トムは大きな影響を受ける。

こうしてトムは一介の前科持ちの農夫から社会的意識に目覚め、政治的人間へと脱皮してゆくのだが、この映画化版ではそうしたスタインベックのメッセージにまでは踏み込んでいない。
監督ジョン・フォードは農民たちが虐待される場面を厳しいタッチで描く一方、ジョード一家が立ち寄ったモーテルや検問所で善意の施しを受ける様子など、ところどころで温かみのある場面を挿入し、古き佳き時代のロードムービーとしての体裁を保っている。

フォードは元来、大衆受けと批評家受けについて大変敏感な監督で、そうした描写の使い分けも非常に巧みだった。
それでも、スタインベックから映画化権を買い取り、本作の製作に力瘤を入れていた20世紀フォックス社長ダリル・F・ザナックは、フォードの締め括り方はハリウッド製エンターテインメントしては堅くて暗いと感じ、何よりも共産主義のプロパガンダと捉えられるのを恐れていたようで、そのラストシーンにまた自ら撮った別のラストシーンを付け加えている。

当時、ザナックはフォードと犬猿の仲にあり、トム・ジョード役を熱望したフォンダにも7年間20世紀フォックスで拘束するという〝奴隷契約〟を呑ませるなど、極めて緊張した人間関係の中で本作は製作された。
この経緯はザナックの評伝『ザナック ハリウッド最後のタイクーン』(早川書房/1986年)に詳しい。

しかし、これほどさぞかし面倒なことが多かっただろうと推察できる状況下で、これほど完成度の高い作品を仕上げた当時の映画人の技量と職人気質には感服させられる。
撮影グレッグ・トーランドの陰影に富んだルック、アルフレッド・ニューマンの荘重な主題曲の出来栄えも完璧に近い。

オススメ度A。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2021リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録

75『パブリック 図書館の奇跡』(2018年/米)A
74『バクラウ 地図から消された村』(2019年/伯、仏)B
73『そして父になる』(2013年/ギャガ)A※
72『誰も知らない』(2004年/シネカノン)A※
71『歩いても 歩いても』(2008年/シネカノン)
70『東京オリンピック』(1965年/東宝)B※
69『弱虫ペダル』(2020年/松竹)B
68『ピンポン』(2002年/アスミック・エース)B
67『犬神家の一族』(2006年/東宝)B
66『華麗なる一族』(2021年/WOWOW)B
65『メメント』(2000年/米)B
64『プレステージ』(2006年/米)B
63『シン・ゴジラ』(2016年/米)A※
62『GODZILLA ゴジラ』(2014年/米)B※

61『見知らぬ乗客』(1951年/米)B
60『断崖』(1941年/米)B
59『間違えられた男』(1956年/米)B
58『下女』(1960年/韓)C
57『事故物件 恐い間取り』(2020年/松竹)C
56『マーウェン』(2019年/米)C
55『かもめ』(2018年/米)B
54『トッツィー』(1982年/米)A※
53『ジュディ 虹の彼方に』(2019年/米)B
52『ザ・ウォーク』(2015年/米)A※
51『マン・オン・ワイヤー』(2008年/米)B※
50『フリーソロ』(2018年/米)A
49『名も無き世界のエンドロール』(2021年/エイベックス・ピクチャーズ)B
48『ばるぼら』(2020年/日、独、英)C
47『武士道無残』(1960年/松竹)※
46『白い巨塔』(1966年/大映)A
45『バンクーバーの朝日』(2014年/東宝)A※
44『ホームランが聞こえた夏』(2011年/韓)B※
43『だれもが愛しいチャンピオン』(2019年/西)B
42『ライド・ライク・ア・ガール』(2019年/豪)B
41『シービスケット』(2003年/米)A※
40『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年/米)A※
39『さらば冬のかもめ』(1973年/米)A※
38『30年後の同窓会』(2017年/米)A
37『ランボー ラスト・ブラッド』(2019年/米)C
36『ランボー 最後の戦場』(2008年/米)B
35『バケモノの子』(2015年/東宝)B
34『記憶屋 あなたを忘れない』(2020年/松竹)C
33『水曜日が消えた』(2020年/日活)C
32『永遠の門 ゴッホが見た未来』(2018年/米、英、仏)B
31『ブラック・クランズマン』(2018年/米)A
30『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』(2019年/米)A
29『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年/東映)C
28『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』(1969年/東映)B
27『徳川女系図』(1968年/東映)C
26『狂った野獣』(1976年/東映)A
25『一度死んでみた』(2020年/松竹)B
24『ひとよ』(2019年/日活)C
23『パーフェクト・ワールド』(1993年/米)B
22『泣かないで』(1981年/米)C
21『追憶』(1973年/米)B
20『エベレスト 3D』(2015年/米、英、氷)B※
19『運命を分けたザイル』(2003年/英)A※
18『残された者 北の極地』(2018年/氷)C
17『トンネル 9000メートルの闘い』(2019年/諾)C
16『ザ・ワーズ 盗まれた人生』(2012年/米)A※
15『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019年/仏、比)A
14『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン6』(2018年/米)C
13『大時計』(1948年/米)B
12『汚名』(1946年/米)B
11『マザーレス・ブルックリン』(2019年/米)B
10『エジソンズ・ゲーム』(2017年/米)C
9『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019年/米)C
8『ジョン・ウィック:チャプター2』(2017年/米)B
7『ジョン・ウィック』(2014年/米)C
6『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年/米)C
5『宇宙戦争』(2005年/米)B
4『宇宙戦争』(1953年/米)B
3『宇宙戦争』(2019年/英)B
2『AI崩壊』(2020年/ワーナー・ブラザース)B
1『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019年/松竹)C

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
先頭に戻る