『見知らぬ乗客』(NHK-BSP)😉

Strangers on a Train 
101分 モノクロ 1951年 アメリカ=ワーナー・ブラザース 日本公開:1953年

〝サスペンスの神様〟アルフレッド・ヒッチコックの傑作とされている1本で、映画史的に古典としての評価が定着しているが、僕自身は今日まで未見だった。
ミステリー作家パトリシア・ハイスミスの処女長篇だった同題原作小説を、初めてヒッチコックと組んだハードボイルド作家レイモンド・チャンドラーが脚本化している。

主人公を建築家からテニスプレーヤーに変更し、クライマックスでテニスの試合を利用してサスペンスを盛り上げるなど、大胆な改変が本作の成功の要因だと、映画評論家の双葉十三郎は指摘している。
しかし、のちにヒッチコックとチャンドラーが告白しているところによると、巨匠同士の共同作業はやはりはかばかしく進まず、チャンドラーのセリフやアイデアも最終的にかなり削られてしまい、チャンドラーは名前のクレジットを拒否することも考えた、という。

それだけヒッチコックが自分の美学や信念を貫き通したからか、いちいちヒッチコックならではの映像の魔術や妙味を拾い上げていったらきりがないほど。
オープニング、アーリントン駅に向かって歩き続ける黒とコンビの革靴を交互にクローズアップで映し出し、主人公ガイ・ヘインズ(ファーリー・グレンジャー)がブルーノ・アントニー(ロバート・ウォーカー)と知り合うくだりの流れるようなタッチからたちまち作品世界に引きずり込まれてしまう。

互いに何の関係もない者同士がひょんなことから知り合いになり、動機を悟られないよう自分の消したい人間を相手に殺してもらう、というハイスミスの卓越したアイデアも、この滑り出しによってより一層、効果を発揮している。
ガイは上院議員令嬢アン・モートンと結婚するため、離婚を申し入れているのに承諾してくれない妻ミリアム(ケイシー・ロジャース)が疎ましくてならない。

そこでブルーノは「おれがきみの妻を殺してやるから、きみはおれの父親を殺してくれ」と持ちかける。
こうしてブルーノがガイの妻ミリアムを手にかけるクリフトンの遊園地、〝愛のトンネル〟のセットの怪しい雰囲気も見事なら、ブルーノがミリアムの首を絞める際の眼鏡の使い方にも唸らされる。

このミリアムの眼鏡がガイの愛人アン・モートンの妹バーバラ(パトリシア・ヒッチコック、ヒッチコックの娘)の眼鏡と対になっているというアイデアも、少々作為が過剰なように感じられるものの、いかにもヒッチコックらしいユーモアが感じられる。
ガイがテニスの試合をしている最中、スタンドの観客がラリーに合わせて首を左右に振っている中、ブルーノだけが首を動かさず、プレーしているガイを真っ直ぐ見つめている、という場面の不気味さも大変印象深い。

しかし、劇場公開当時に高く評価されたクライマックスに雪崩れ込む前段、テニスの試合を利用したガイとブルーノの追いかけっこになるクライマックスは、いま観るとリアリティに乏しい。
ガイがワシントンでテニスの試合に出場している最中、ブルーノはクリフトンの遊園地へ行き、自分がミリアムを殺した場所にガイ愛用のライターを置いて、ガイを女房殺しの犯人に仕立て上げようとする。

この偽装工作を阻止するため、ガイはテニスの試合で相手を早めに片づけ、クリフトン行きの列車に乗ろうとするのだが、ミリアムはすでに数日前に殺されており、警察による殺人現場の現場検証も終わっているはず。
ブルーノがいまさらガイのライターを置きに行き、それが警察に見つかっても、すぐさま動かぬ証拠となり得るとはとても思えない。

とはいえ、そうした致命的に近い欠点も、クライマックスでメリーゴーラウンドの〝暴走〟を観ている間はすっかり忘れていた。
これこそがヒッチコックの映像的魔術なのかもしれない。

オススメ度B。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2021リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録

60『断崖』(1941年/米)B
59『間違えられた男』(1956年/米)B
58『下女』(1960年/韓)C
57『事故物件 恐い間取り』(2020年/松竹)C
56『マーウェン』(2019年/米)C
55『かもめ』(2018年/米)B
54『トッツィー』(1982年/米)A※
53『ジュディ 虹の彼方に』(2019年/米)B
52『ザ・ウォーク』(2015年/米)A※
51『マン・オン・ワイヤー』(2008年/米)B※
50『フリーソロ』(2018年/米)A
49『名も無き世界のエンドロール』(2021年/エイベックス・ピクチャーズ)B
48『ばるぼら』(2020年/日、独、英)C
47『武士道無残』(1960年/松竹)※
46『白い巨塔』(1966年/大映)A
45『バンクーバーの朝日』(2014年/東宝)A※
44『ホームランが聞こえた夏』(2011年/韓)B※
43『だれもが愛しいチャンピオン』(2019年/西)B
42『ライド・ライク・ア・ガール』(2019年/豪)B
41『シービスケット』(2003年/米)A※
40『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年/米)A※
39『さらば冬のかもめ』(1973年/米)A※
38『30年後の同窓会』(2017年/米)A
37『ランボー ラスト・ブラッド』(2019年/米)C
36『ランボー 最後の戦場』(2008年/米)B
35『バケモノの子』(2015年/東宝)B
34『記憶屋 あなたを忘れない』(2020年/松竹)C
33『水曜日が消えた』(2020年/日活)C
32『永遠の門 ゴッホが見た未来』(2018年/米、英、仏)B
31『ブラック・クランズマン』(2018年/米)A
30『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』(2019年/米)A
29『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年/東映)C
28『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』(1969年/東映)B
27『徳川女系図』(1968年/東映)C
26『狂った野獣』(1976年/東映)A
25『一度死んでみた』(2020年/松竹)B
24『ひとよ』(2019年/日活)C
23『パーフェクト・ワールド』(1993年/米)B
22『泣かないで』(1981年/米)C
21『追憶』(1973年/米)B
20『エベレスト 3D』(2015年/米、英、氷)B※
19『運命を分けたザイル』(2003年/英)A※
18『残された者 北の極地』(2018年/氷)C
17『トンネル 9000メートルの闘い』(2019年/諾)C
16『ザ・ワーズ 盗まれた人生』(2012年/米)A※
15『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019年/仏、比)A
14『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン6』(2018年/米)C
13『大時計』(1948年/米)B
12『汚名』(1946年/米)B
11『マザーレス・ブルックリン』(2019年/米)B
10『エジソンズ・ゲーム』(2017年/米)C
9『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019年/米)C
8『ジョン・ウィック:チャプター2』(2017年/米)B
7『ジョン・ウィック』(2014年/米)C
6『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年/米)C
5『宇宙戦争』(2005年/米)B
4『宇宙戦争』(1953年/米)B
3『宇宙戦争』(2019年/英)B
2『AI崩壊』(2020年/ワーナー・ブラザース)B
1『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019年/松竹)C

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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