『間違えられた男』(NHK-BSP)😉

The Wrong Man
105分 モノクロ 1956年 アメリカ=ワーナー・ブラザース 日本公開:1957年

時折、NHK〈BSプレミアムシネマ〉でまとめて放送されるヒッチコック作品は、最近のように取材や原稿が立て込んでいない(要するにヒマしている)折など、楽しみながら表現の勉強ができる格好の教材となっている。
どの作品も大抵2時間以内で、現実の人間社会に通じる様々な要素が詰め込まれており、それらをわかりやすく、面白く、かつ最後まで観る側の興味を引っ張れるような工夫と計算がなされているから。

そのヒッチコックにとって、本作は一種の冒険的作品であり、製作に当たって相当な決断を要したのではないだろうか。
オープニングでいきなりヒッチコック自身が逆光のシルエットとして登場し、本作は現実の事件に基づいている、私の過去のサスペンス映画とは違い、真の恐怖を描いている、と語る出だしからして、他のヒッチコック作品にはない独特の迫力を感じさせる。

元ネタは1953年の冤罪事件を詳細に報じた〈ライフ〉の記事。
主人公のミュージシャン、ニューヨークの高級クラブ〈ストーク・クラブ〉でベースを演奏しているクリストファー・マニュエル・“マニー”・バレストレロ(ヘンリー・フォンダ)がホールドアップ強盗の濡れ衣を着せられた顛末が描かれる。

マニーが妻ローズ(ヴェラ・マイルズ)の親知らずを抜歯する歯科医の治療費300ドルを借りるため、担保にする妻の保険証書を共同保険会社の事務所に持参したのが冤罪事件の発端。
ここで強盗の被害に遭った女性職員アン・ジェームズ(ドリーン・ラング)がマニーを犯人と勘違いし、ニューヨーク市警に訴えたことから、マニーの受難の日々が始まる。

自宅の玄関で帰宅直前のマニーを拘束した刑事ボワーズ(ハロルド・J・ストーン)、マシューズ(チャールズ・クーパー)は最初から強盗犯と決めつけ、犯行が行われた酒屋や肉屋に連れて行き、店の中を歩いて店員に顔を見せてこい、と強要する。
さらに、警察署で保険会社のジェームズによる面通しを行い、彼女がマニーを強盗犯に間違いないと証言したことから、ボワーズとマシューズはマニーを逮捕。

何のユーモアも映像的な膨らみもなく、延々と乾いたタッチでマニーを追う構成には、観ているうちに息が詰まりそうになるが、それでもこちらの目を引きつけたまま、脇見する余裕をまったく与えないのは、さすがヒッチコックである。
マニーが働いていたクラブ、収監される拘置所、精神を病んだローズが入院する療養所など、できる限りモデルとなった実在の人物が使用していた施設でロケし、直接事件に関係した医師や看護師などもノンクレジットで出演しているという。

ローズの入院後に始まった裁判では、陪審員のひとりが弁護士フランク・D・オコーナー(アンソニー・クエイル)による反対尋問を無意味だと決めつけると、これを逆手に取ったオコーナーが陪審員を再選し、審理を最初からやり直すよう裁判長に要請する。
しかし、妻ロージーが発狂して心の拠り所を失ったマニーは、もう裁判のストレスとプレッシャーに耐えられそうにない、と年老いた母親(エスター・ミンチオッティ)に告白。

上映時間は残り数分、これからどうなるのか、ヒッチコックにしては珍しくも、何本か例のあるバッドエンドとなってしまうのか。
そう思わせ、知らず知らずのうちに手に汗握った矢先のオチと映像のマジックたるや、素晴らしいの一語。

オススメ度B。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2021リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだ ったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録

58『下女』(1960年/韓)C
57『事故物件 恐い間取り』(2020年/松竹)C
56『マーウェン』(2019年/米)C
55『かもめ』(2018年/米)B
54『トッツィー』(1982年/米)A※
53『ジュディ 虹の彼方に』(2019年/米)B
52『ザ・ウォーク』(2015年/米)A※
51『マン・オン・ワイヤー』(2008年/米)B※
50『フリーソロ』(2018年/米)A
49『名も無き世界のエンドロール』(2021年/エイベックス・ピクチャーズ)B
48『ばるぼら』(2020年/日、独、英)C
47『武士道無残』(1960年/松竹)※
46『白い巨塔』(1966年/大映)A
45『バンクーバーの朝日』(2014年/東宝)A※
44『ホームランが聞こえた夏』(2011年/韓)B※
43『だれもが愛しいチャンピオン』(2019年/西)B
42『ライド・ライク・ア・ガール』(2019年/豪)B
41『シービスケット』(2003年/米)A※
40『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年/米)A※
39『さらば冬のかもめ』(1973年/米)A※
38『30年後の同窓会』(2017年/米)A
37『ランボー ラスト・ブラッド』(2019年/米)C
36『ランボー 最後の戦場』(2008年/米)B
35『バケモノの子』(2015年/東宝)B
34『記憶屋 あなたを忘れない』(2020年/松竹)C
33『水曜日が消えた』(2020年/日活)C
32『永遠の門 ゴッホが見た未来』(2018年/米、英、仏)B
31『ブラック・クランズマン』(2018年/米)A
30『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』(2019年/米)A
29『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年/東映)C
28『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』(1969年/東映)B
27『徳川女系図』(1968年/東映)C
26『狂った野獣』(1976年/東映)A
25『一度死んでみた』(2020年/松竹)B
24『ひとよ』(2019年/日活)C
23『パーフェクト・ワールド』(1993年/米)B
22『泣かないで』(1981年/米)C
21『追憶』(1973年/米)B
20『エベレスト 3D』(2015年/米、英、氷)B※
19『運命を分けたザイル』(2003年/英)A※
18『残された者 北の極地』(2018年/氷)C
17『トンネル 9000メートルの闘い』(2019年/諾)C
16『ザ・ワーズ 盗まれた人生』(2012年/米)A※
15『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019年/仏、比)A
14『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン6』(2018年/米)C
13『大時計』(1948年/米)B
12『汚名』(1946年/米)B
11『マザーレス・ブルックリン』(2019年/米)B
10『エジソンズ・ゲーム』(2017年/米)C
9『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019年/米)C
8『ジョン・ウィック:チャプター2』(2017年/米)B
7『ジョン・ウィック』(2014年/米)C
6『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年/米)C
5『宇宙戦争』(2005年/米)B
4『宇宙戦争』(1953年/米)B
3『宇宙戦争』(2019年/英)B
2『AI崩壊』(2020年/ワーナー・ブラザース)B
1『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019年/松竹)C

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
先頭に戻る