『武士道無残』(衛星劇場)😉

74分 モノクロ 1960年 松竹

永田雅一率いる大映が大作路線で日本映画界を席巻していた1960年代、老舗の松竹ではフランスのヌーヴェルヴァーグ(新しい波)に影響を受けた映画人たちによる「松竹ヌーヴェルヴァーグ」が巻き起こった。
本作はその嚆矢とされる作品で、新人ながらもオリジナル脚本を書き、監督を務めた森川英太朗は、のちに松竹ヌーヴェルヴァーグの第一人者となった大島渚の京都二中時代からの親友だったという。

舞台は江戸時代、主君の死に際して藩から殉死者を出し、これをもって幕府と諸藩に藩内の忠義を示すことが美徳とされ、厳しい習わしとなっていた時代の一小藩。
最初の殉死者に逃げられ、これを打ち首、家を断絶とした家老・脇田将監(渡辺文雄)は、新たに榊原信幸(森美樹)の弟、16歳の美少年・伊織(山下洵一郎)を殉死者に指名する。

これを知った榊原の妻・お幸(おこう=高千穂ひづる)は、伊織が女を知らないままに死ななければならないことを不憫に思い、夫の許しを得た上で一夜限りの〝夫婦〟となる。
ところが、伊織がいざ切腹に臨んでいたまさにそのとき、殉死を禁止するお達しが幕府から届いた。

思いがけず生き延びることになった伊織はどうなるのか。
実兄の榊原と、どうせ死んでしまうのならと、伊織と一夜だけ肌を重ねた妻・お幸は、何事もなかったかのように暮らしていけるのか。

お幸が単なる哀れみから伊織に身体を与えようとしたわけではなく、美しい弟に恋情と肉欲を感じていたことはさりげなく示される(1960年の映画だからそれほど露骨ではないが)。
おかげで性の喜びを知った伊織は、切腹の直前になってもなお、お幸の白い裸身が脳裏に浮かんで、小刀を腹に突き立てることができない。

幕府の政策変更によって生き長らえた伊織は、兄や家老の前から逃走し、秘かに再会したお幸に夫婦になってほしい、ふたりでどこか遠くへ逃げようと哀願する。
しかし、大人の女であるお幸にはそんな気などなかった。

これが監督デビュー作だった森川は、終始揺れ続ける人間心理の機微を、長回しとクローズアップの多用で表現しており、いかにも新人らしい生硬なタッチながら、非常に力強い演出でこちらの目を惹きつけないではおかない。
とりわけ、伊織と再会したお幸が抱きすくめられた途端、露骨に現す表情の変化は、高千穂の巧みな演技と相俟って、独特な迫力に満ちた見せ場になっている。

なお、主演の森美樹は本作が公開された1960年11月30日から僅か4日後の12月4日、26歳という若さで京都市左京区の自宅でガス中毒による不慮の死を遂げている。
また、監督・脚本を手がけた森川英太朗も本作1本だけ残して松竹を退社し、その後は映画を撮ることもなく、一時大島の興した創造社で活動していたという。

作品自体も1998年に一度VHS化されているだけで、DVDやブルーレイにはなっておらず、本作を鑑賞できるのは〈衛星劇場〉のようなCSの映画専門チャンネルしかない。
従って、日本におけるヌーヴェルヴァーグの第1弾となった本作の成り立ちや背景も、いまとなってはほとんどわからないまま、ということがなんとなく淋しい。

お勧め度はB。

旧サイト:2015年07月9日(木)Pick-up記事を再録、修正

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2021リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら🤨  D=ヒマだ ったら😑
※再見、及び旧サイトからの再録

46『白い巨塔』(1966年/大映)A
45『バンクーバーの朝日』(2014年/東宝)A※
44『ホームランが聞こえた夏』(2011年/韓)B※
43『だれもが愛しいチャンピオン』(2019年/西)B
42『ライド・ライク・ア・ガール』(2019年/豪)B
41『シービスケット』(2003年/米)A※
40『6才のボクが、大人になるまで。』(2014年/米)A※
39『さらば冬のかもめ』(1973年/米)A※
38『30年後の同窓会』(2017年/米)A
37『ランボー ラスト・ブラッド』(2019年/米)C
36『ランボー 最後の戦場』(2008年/米)B
35『バケモノの子』(2015年/東宝)B
34『記憶屋 あなたを忘れない』(2020年/松竹)C
33『水曜日が消えた』(2020年/日活)C
32『永遠の門 ゴッホが見た未来』(2018年/米、英、仏)B
31『ブラック・クランズマン』(2018年/米)A
30『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』(2019年/米)A
29『徳川いれずみ師 責め地獄』(1969年/東映)C
28『残酷・異常・虐待物語 元禄女系図』(1969年/東映)B
27『徳川女系図』(1968年/東映)C
26『狂った野獣』(1976年/東映)A
25『一度死んでみた』(2020年/松竹)B
24『ひとよ』(2019年/日活)C
23『パーフェクト・ワールド』(1993年/米)B
22『泣かないで』(1981年/米)C
21『追憶』(1973年/米)B
20『エベレスト 3D』(2015年/米、英、氷)B※
19『運命を分けたザイル』(2003年/英)A※
18『残された者 北の極地』(2018年/氷)C
17『トンネル 9000メートルの闘い』(2019年/諾)C
16『ザ・ワーズ 盗まれた人生』(2012年/米)A※
15『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019年/仏、比)A
14『ハウス・オブ・カード 野望の階段 シーズン6』(2018年/米)C
13『大時計』(1948年/米)B
12『汚名』(1946年/米)B
11『マザーレス・ブルックリン』(2019年/米)B
10『エジソンズ・ゲーム』(2017年/米)C
9『ジョン・ウィック:パラベラム』(2019年/米)C
8『ジョン・ウィック:チャプター2』(2017年/米)B
7『ジョン・ウィック』(2014年/米)C
6『容疑者、ホアキン・フェニックス』(2010年/米)C
5『宇宙戦争』(2005年/米)B
4『宇宙戦争』(1953年/米)B
3『宇宙戦争』(2019年/英)B
2『AI崩壊』(2020年/ワーナー・ブラザース)B
1『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019年/松竹)C

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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