『ラッパと呼ばれた男 映画プロデューサー永田雅一』鈴木晰也😁😳🤓

キネマ旬報社 255ページ 第1刷:1990年8月8日 定価2200円=税込/古書

前項・田中純一郎著『一業一人伝 永田雅一』(1962年/時事通信社)のレビューで書いたように、本書は2017年に一度読んでいるのだが、そのときは永田雅一の人物像がいまひとつ理解しにくかった。
大映で長らく永田の部下を務め、永田に愛憎入り交じった複雑な感情を抱き、3度も辞職を考えながら踏ん切りがつかなかったという著者が、私的回顧録として書いており、評伝の執筆対象として永田をきちんと客観化できていないからである。

しかし、永田へのロングインタビューを中心に、いささか永田本人に阿った部分も目立つ田中の『一業一人伝 永田雅一』を読んでから本書を再読した今回は実にわかりやすく、水が流れ込んでくるように中身が頭に入ってきた。
『一業一人伝 永田雅一』が永田の〝表の顔〟を描いた評伝だとすれば、本書は〝裏の顔〟の観察録で、「表向きにこう言われていた真相はこういうことだったんだよ」という調子で様々な内実が語られている。

とりわけ興味深いのは、冒頭に出てくる日本映画の名匠・溝口健二との結びつきの内幕を詳細に語ったくだり。
溝口が道頓堀のダンスホールで知り合った嵯峨千恵子と関係を持ち、すでに夫がいた彼女と結婚したいと言い出すと、彼女の後ろ盾になっていた神戸のヤクザの親分と永田が掛け合い、ついに結婚にこぎつけた、というのだ。

永田はこれを自分の手柄話としてあちこちで吹聴していたが、まだ弱冠21歳の永田と名だたる神戸の大親分では釣り合いが取れず、五分の立場で交渉が行われたとは到底考えられない。
そこで著者は、かつて永田が京都でヤクザをしていたころの親分・笹井末三郎が仲介の労を取ったものと目をつけ、笹井に取材して「永田ちゅう男は、なんでもうまいこといったら自分がやったという性格や」という証言を引き出している。

溝口は永田に対して生涯に渡る恩義を感じ、永田の興した大映で数々の名作や傑作を撮って、大映を東宝や松竹に次ぐ、いや、一時はそうした大手や老舗をもしのぐ映画業界のトップに押し上げることに貢献したのだった。
しかし、あまりに急激な成功ゆえか、永田個人の金銭感覚はデタラメで、永田はかつて菊池寛にほどほどの小遣いをもらっていたが、長じて自分が他人に金を与える立場になったら、菊池の流儀を見習うことなく、いつも額を考えずにばら撒いていた、と川口松太郎を嘆かせている。

映画界で成功を収めると、永田は野球、競馬、政治にも惜しげもなく大金を注ぎ込むようになった。
本書で語られている大毎オリオンズや政治家・河野一郎への入れ込みようは、僕も前項で書いた日刊ゲンダイの連載・堀本律雄『巨人軍への遺言』で書いている。

日刊ゲンダイの連載第29回
同31回

田中純一郎は『一業一人伝 永田雅一』で、永田を「少青年の頃、任侠の世界に入り、人生は勝負なりと達観した」と書いている。
「それが不正なものでなかったら、人生も、事業も、勝つか、負けるかの、二つしかないと割切る哲学を、身につけた」と。

しかし、鈴木は本書で永田の行動原理がヤクザ時代に培われたものであることには同意しながら、「行動派ヤクザ」ではなく、「感覚派ヤクザともいうべき存在である」と主張。
「あけっぱなしのようにみえて万事に細心」で、「相手によっては本音をお首にも出さず、一見剛骨にみえるが実は至って気が弱く臆病」と喝破している。

ただし、永田がどのように没落し、大映の倒産、オリオンズのロッテへの譲渡、私財を投じて建設した東京スタジアムの取り壊しに至ったのか、かつての部下としての惻隠の情によるものか、鈴木はあえて言及していない。
大映の倒産が目前に迫ったくだり、本書の終盤に長々と書き写された鈴木の大映再建案の文面はそれなりに興味深いが、現代の読者としては、このあとの巻末に「大映最後の日」を詳細に書き込んでほしかったところである。

😁😳🤓

2021読書目録
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10『一業一人伝 永田雅一』田中純一郎(1962年/時事通信社)😁😳🤓
9『無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡』佐藤啓(2020年/桜山社)😁🤓
8『臨場』横山秀夫(2007年/光文社)😁😢
7『第三の時効』横山秀夫(2003年/集英社)😁😳
6『顔 FACE』横山秀夫(2002年/徳間書店)😁😢
5『陰の季節』横山秀夫(1998年/文藝春秋)😁😢🤓
4『飼う人』柳美里(2021年/文藝春秋)😁😭🤔🤓
3『JR上野駅公園口』柳美里(2014年/河出書房新社)😁😭🤔🤓
2『芸人人語』太田光(2020年/朝日新聞出版)😁🤣🤔🤓
1『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳(2000年/草思社)😁😳🤔🤓

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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