『一業一人伝 永田雅一』田中純一郎😁😳🤓

発行:時事通信社 204ページ 初版:1962年3月1日 定価250円/古書
※題字:永田雅一自筆

永田雅一の名前を知っているのはいまや、僕と同じか上の世代で、よほどの映画や野球のオールドファンに限られるだろう。
ヴェネチア国際映画祭金獅子賞、アカデミー名誉賞(現国際長編映画賞)を受賞し、邦画史上初めて世界的に評価された黒澤映画『羅生門』(1950年)を大映の社長として世に出し、大映スターズ、大毎オリオンズのオーナー兼パ・リーグ総裁となってプロ野球界にも多大な影響力を発揮した。

事あるごとに大言壮語を繰り返す姿は、また永田がラッパを吹いていると当時のファンやマスコミに揶揄されて、ついた渾名が「永田ラッパ」。
その一方で、政界においても隠然たる影響力をふるい、政財界を揺るがせた武州鉄道疑獄(1960年)にも関与していたとして訴追されている。

中高生だった僕が映画ファンとして永田の名前を知ったころには、大映はすでに1971年に倒産。
永田も業界、政財界の第一線から身を引いてからしばらく経っており、1985年に他界するまで、彼の名前が人口に膾炙することもほとんどなくなっていたように記憶する。

それから約10年後、ムック版映画秘宝『底抜け超大作』(1996年)に掲載された邦画史上初の70ミリ超大作『釈迦』(1961年)についての特集記事『超大作の男たち 永田雅一・徳間康快』(藤木TDC)で永田の名前を再発見。
この記事を読んで改めて永田という人物の特異さ、おかしさ、スケールの大きさに興味を抱き、永田の評伝を探したものの、書店で手に入る本はなく、いまとは違って古書をネットで検索できない時代だったから諦めざるを得ず。

さらに6年後の2002年、当時勤務していた日刊現代のスポーツ編集部で専属評論家・堀本律雄さんの連載『巨人軍への遺言』を書いていたら、ここでも堀本さんの口から永田雅一の名前が出てきた。
堀本さんは1963年、大毎オリオンズのオーナーだった永田のたっての要望で巨人からトレードで移籍し、結婚式の媒酌人まで引き受けてもらっていたのだ。

そして、さらにまた15年後の2017年、映画秘宝の記事に引用されていた鈴木晰也著『ラッパと呼ばれた男 映画プロデューサー永田雅一』(1990年/キネマ旬報社)の古書をネットで発見。
さっそく貪るように読んだのだが、大映で永田の部下だったという著者は本業のライターではなく、執筆対象の永田を第三者的に客観視できていないため、永田の人物像がいまひとつわかりにくい。

果たして、「永田ラッパ」とはどのような言説で、そう言われるほどの長広舌をふるった永田雅一とはどのようなキャラクターの持ち主だったのか。
そういう長年の疑問にやっと答えてくれたのが、今年3月、ネット古書店で発見した本書である。

1902年生まれの著者は東洋大学卒業後に映画評論家として活動し、永田が率いる新興キネマやライバル会社の東宝で映画の製作や興行の実務も経験。
戦後はキネマ旬報社の責任編集者を経て、本書の執筆時には日大芸術学部の講師を務めていた。

そういう映画に関する知見と筆力を持ち、なおかつ取材対象との距離の取り方を知っている人物が、永田へのロングインタビューを元に書いており、大変わかりやすく、非常に面白い評伝となっている。
とりわけ、スターの引き抜きで勇名を馳せた日活時代、横田永之助社長に勇退を迫った言説を永田本人が再現しているくだりは同種の伝記や自伝をはるかに凌ぐ異様でダイナミックな熱気と迫力に満ちており、なるほど、これがラッパの原点かと初めて得心がいった。

その日活を飛び出して新興キネマを立ち上げると、弱小プロダクションながらも自分を慕うスターを起用し、次々にヒット作を連発。
一方では、東宝から引き抜きの手を伸ばされた新興キネマに踏みとどまると永田に操を立てた山田五十鈴を、こんな小さな映画会社に縛りつけておくのは映画界の損失だからと、東宝への移籍を寛恕する度量の大きさをも持ち合わせていた。

戦時中には映画会社の規模縮小を迫る政府情報局に対し、大小様々な映画会社を糾合して合併会社を作り、映画統制対策委員会を組織して委員長に就任。
製作本数を減らせ、供給できるフィルムにも限りがある、映画会社を2社だけにしろ、と圧力をかけてくる情報局に対し、映画業界全体が生き延びるために3社とする再編案を逆提案するというタフネゴシエーターぶりを発揮している。

そうした永田の人格形成の原点となったのは、第一に日蓮宗に傾倒していた母親の影響、第二に染料と友禅の家業が傾いたため、青年期に地元の暴力団・千本組の笹井一家に入って身に付けた任侠の精神である、と著者は結論づける。
映画女優とも数々の浮名を流したらしく、様々な事件の合間にチラチラと描かれているそんな艶聞も含めて、文字通り無類の面白さと言っていい。

しかし、いまこんな人物が世に出ようとしたら、昔はヤクザだったというだけで業界から抹殺されてしまうだろう。
そういう意味で、コロナ禍の影響とは別に、エンタメの世界も何かと杓子定規で息苦しい世の中になったものだと、改めて痛感させられた。

😁😳🤓

2021読書目録
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9『無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡』佐藤啓(2020年/桜山社)😁🤓
8『臨場』横山秀夫(2007年/光文社)😁😢
7『第三の時効』横山秀夫(2003年/集英社)😁😳
6『顔 FACE』横山秀夫(2002年/徳間書店)😁😢
5『陰の季節』横山秀夫(1998年/文藝春秋)😁😢🤓
4『飼う人』柳美里(2021年/文藝春秋)😁😭🤔🤓
3『JR上野駅公園口』柳美里(2014年/河出書房新社)😁😭🤔🤓
2『芸人人語』太田光(2020年/朝日新聞出版)😁🤣🤔🤓
1『銃・病原菌・鉄 一万三〇〇〇年にわたる人類史の謎』ジャレド・ダイアモンド著、倉骨彰訳(2000年/草思社)😁😳🤔🤓

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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