【きょう11日発売!】東京スポーツ『球界平成裏面史19/広島カープ編①新井に広島復帰を決断させた〝男気〟黒田の一言』

きょうの東スポ、大スポ、中京スポの紙面より、『球界平成裏面史』の広島カープ編がスタートします。
朝刊の九スポは原則翌日の朝刊掲載で、ネットの東スポWebにもアップされますが、いつになるかはライターの僕にはわかりません😅。

僕は阿南監督時代の1988(昭和63)年からカープの取材を始めて、当時の選手や首脳陣には随分可愛がっていただきました。
その時代の詳しい話も書きたいんだけど、今時の読者にはピンとこないんじゃないかなー。

というわけで、今回は2016~18(平成28~30)年のカープ3連覇の裏話から始めたい。
当時は毎週のようにカープ物の記事を書き、『広島カープ論』、その文庫版『すごい!広島カープ 蘇る赤ヘル』(ともにPHP研究所)という本も出しました。

今回の連載では、自著や過去記事と重なる部分もありますが、毎回〝初出し〟のネタも盛り込むつもりです。
もう時効だろうと思いつつ、誰か怒ったりしないかな、とビクビクしながら😓。

それにしても、いま振り返ると、カープの3連覇は平成一番の〝大異変〟と言ってもいい。
1991年以降、優勝から遠ざかり、98~12年と14年連続でBクラスだったチームが、巨人をしのぐ王者と呼ばれるほどの常勝軍団に変身したのだから。

その中心的役割を担ったのが、2014年オフにカープに復帰した新井貴浩、黒田博樹。
一度はFA宣言して移籍したのち、広島に戻っ的た選手は過去にいなかった。

ふたりが長年の前例を打ち破った裏側に何があったのか。
新井が経緯を明かしてくれたのは、広島復帰から3年たって、チームが2連覇を目指していた17年のシーズン中である。

「僕自身は最初、広島に戻れるなんて、思ってもいませんでした。
むしろ、戻っちゃいけないと考えていたくらいですよ」

25年ぶりの広島優勝を伝えるスポーツ報知(平成28年9月11日付)
スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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