BS世界のドキュメンタリー『ヒトラーのスーパーカー』(NHK-BS1)😉

Hitler’s Supercars 
45分 2020年 イギリス=TCB Media Rights
初放送:2020年8月13日(木) 午前0:00〜0:45 再放送:同年同月25日(火)午後5:00〜5:45

戦後75年を経たいまなお、ヒトラーは歴史家の研究材料になり、世界各国でこのようなドキュメンタリー、及び映画や小説が作られ続けている。
その最大の要因は、この独裁者が非常にユニークかつ巧みで説得力に満ちたプロパガンダの手法をいくつも残しているからだ。

独自の話法とジェスチャーによる演説、それをラジオや映画で広める手法、オリンピックのようなスポーツイベントの利用に加え、ドイツ全土の青少年を魅了したヒトラー・ユーゲント。
それらのどれもが独創性に富み、当時のドイツの国民を惹きつけ、熱狂させた。

そうしたヒトラーのプロパガンダが最も効果的に行われたジャンルのひとつが、本作に描かれた自動車産業である。
ヒトラーはもともと無類のカーマニアで、ナチスの政権掌握前後から、レーシングカーの開発や国際自動車レースに並々ならぬ情熱を注いでいた。

当時、ドイツの自動車産業は1929年の世界恐慌により壊滅的打撃を被った。
自動車レースの世界ではトップブランドのメルセデスでさえもフランスのブガッティ、イギリスのERA(イングリッシュ・レーシング・オートモビルズ)に敵わなかったという。

そうした最中の1932年、ベルリン郊外のアヴス・サーキットで開催されたドイツ・グランプリで、ダークホースだったメルセデスがレース史上に残る番狂わせを起こす。
新鋭ドライバーのマンフレート・フォン・ブラウツィヒが、イタリアのアルファロメオを駆る大本命、ルドルフ・カラツィオラを相手に壮絶なデッドヒートを繰り広げ、見事に優勝して見せたのだ。

その翌年の1933年1月、かつてはドイツ国内でも弱小政党に過ぎなかったナチスが政権を握り、ヒトラーが首相に就任。
さらにヒトラーは世界で初めての高速道路アウトバーンの建設を実現し、雇用を生み出して失業率を大幅に減らし、自動車をドイツ復興の象徴と位置づけた。

メルセデスのドイツ・グランプリにおける勝利が、ヒトラーとナチスの躍進に勢いをつけ、自動車産業の隆盛が原動力のひとつになったと言ってもよい。
一躍トップ企業にのし上がったそのメルセデスに対抗するべく、アウディ、DKW、ホルヒ、ヴァンダラーなど有力メーカー4社が合併し、新たにアウトウニオンという会社が創立される。

ヒトラーがメルセデス、アウトウニオンの両方に助成金を出し、両社を競わせることによって、エンジンやシャーシーの開発競争、新型車のスピード競争はますます激しさを増していく。
こうして、スーパーチャージャー付きのエンジンが開発され、「ヒトラーのスーパーカー第一世代」と呼ばれるレースカーが作られた。

ヒトラーがゲッベルス宣伝担当相を伴ってこれらの新型車を視察に出かけ、その高性能ぶりを激賞した様子がゲッベルスの日記に残されている。
彼らを工場に迎えたメルセデスやアウトウニオンの社員たちもさぞかし感激したに違いない。

最初のうちはメルセデスもアウトウニオンも、イタリアのフェラーリなどの後塵を廃し、国内のレースで惨敗。
1934年、ドイツチームの最初の外国遠征、パリ郊外のモンデヴィ・サーキットで行われたフランス・グランプリレースでは1台も完走できなかった。

ここからメルセデスの猛烈な巻き返しが始まり、国際レースに13回出場して11回優勝と、アウトウニオンを大きくリードする。
さらに、世界最高速度の記録でも1934年10月、317.46㎞をマークし、それまでアウトウニオンが保持していたレコードを更新。

アウトウニオンも負けてはおらず、オートバイレースから転向したドライバー、ベルント・ローゼマイヤーを擁して国際レースに連戦連勝。
彼は著名な女性パイロット、エディ・バインホルンと結婚し、「理想的なアーリア人カップル」としてゲッベルスに見込まれ、一躍国民的ヒーローに祭り上げられるのだが。

本作の後半に入ると、そうしたドライバーやレーシングカーのカッコよさ、果てなきスピードの追求が延々と続いて、時々これがヒトラー関連のドキュメンタリーであることを忘れそうになる。
そういうところにも、ヒトラーが編み出したプロパガンダの巧みさが、時空を超えて目の前に立ち現れているのかもしれない。

オススメ度B。

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』、WEDGE Infinity『赤坂英一の野球丸』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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