『プロ野球審判 ジャッジの舞台裏』山崎夏生

北海道新聞社 270ページ 初版:2012年3月1日 定価:1300円=税別

著者の山崎夏生さんは29年間、一軍公式戦だけで1451試合を裁き続けてきた元NPBの審判で、現在は審判技術委員として若手審判の指導と育成に当たっている(本稿執筆当時)。
ぼくが初めてお会いしたのは2016年7月8日、ジャイアンツ球場で巨人三軍のBCリーグ交流戦・福井ミラクルエレファンツ戦が行われたときのことだった。

そのとき、初対面だったにもかかわらず、ぜひ読んでみてくださいと、山崎さんから直接手渡されたのがこの本である。
これほど面白くてためになる審判自身による審判本が出ていたとは露知らず、25年以上野球に関する文章を書いて飯を食っている身でありながら、不勉強の極み、汗顔の至りというほかはない。

山崎さんは現役の審判時代、プロ野球史上最多の退場宣告17回という記録を持っている。
しかも、そのほとんどが自分のミスジャッジが原因だった、とはっきり打ち明けている潔さ、率直さが、同工異曲の審判本にはない本書の大きな魅力、かつ最も価値あるところだ。

そもそも、著者は二軍で修行を積んでいるころから、何度も何度も失敗を繰り返していた。

ひとつでもミスをするとそれを取り返さなければと焦るあまりもっととんでもない失態を演じてしまう、というのはどんな職業でも陥りがちなパニック状態だが、誤審が許されないという前提の審判行の場合はとくに著しい。
山崎さんもポールの3メートルも外側を通過した打球をファウルと判定したことがあるという。

功成り名を遂げてベテランになったらもうそんなつまらないミスはしなくなるかというと、決してそんなことはない。

2000年の日本ハム-西武戦では、やはりホームランの判定をめぐって当時の日ハム・大島康徳監督に猛抗議を受け、やむなく退場を宣告したところ、大島監督が急性胃腸炎で昏倒し、試合中に病院へ搬送される騒ぎに発展。 
山崎さんが帰宅してビデオを確認したところ、打球はポールの50センチ外側を通過しており、大島監督の指摘していたように明らかなファウルだった。

そうした経験を通じて山崎さんが辿り着いたのは、審判は誤審をするもの、即ち人間は心配をするもの、という至極当たり前の真理である。
人間が仕事を続ける限り、審判の場合は判定を続ける限り、失敗する確率は絶対にゼロになることはなく、ここぞという大舞台であればあるほど、言い訳のできないミスジャッジを犯す危険は常について回る。

そういう不可避の真理を受け入れた上で、それでも失敗をいかに無くすか、完全に無くすことが不可能だとすれば、いかにして減らし、ゼロに近づけていくか。
不断の努力とひたむきな姿勢がその人の取り組んでいる仕事を立派で崇高な領域にまで引き上げ、ひいてはその人自身をも人間として成長させるのだ、と著者は訴える。

などと書くと堅苦しい本だと思われるかもしれないが、もっと楽しんで読める失敗談や苦労話が盛り沢山。
審判の給与体系が事細かに書かれている一方で、ホームベースのサイズが脳内に焼き付けられ、例えば新聞紙を見ても横幅がホームベースより大きいか小さいか、瞬時にわかるようになる、という職人的な述懐もまことに興味深い。

いちいち深く考えなくてもあっという間に最後まで読めてしまう半面、自分の仕事や実人生に重ね合わせていろいろな読み方ができる本でもある。
もちろん、プロ野球ファンにとっては必読で、少なくとも審判観は確実に変わるだろう。

旧サイト:2016年08月14日(日)付Pick-upに加筆・修正

😁😭😳🤔🤓

2020読書目録
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20『全球入魂!プロ野球審判の真実』山崎夏生(2019年/北海道新聞社)😁😭😳🤔🤓
19『平成プロ野球史 名勝負、事件、分岐点-記憶と記録でつづる30年-』共同通信社運動部編』(2019年/共同通信社)😁😳🤔🤓
18『球界時評』万代隆(2008年/高知新聞社)😁🤔🤓
17『銀輪の巨人 GIANTジャイアント』(2012年/東洋経済新報社)😁🤔🤓
16『虫明亜呂無の本・1 L’arôme d’Aromu 肉体への憎しみ』虫明亜呂無著、玉木正之編(1991年/筑摩書房)😁😭🤔🤓
15『洞爺丸はなぜ沈んだか』(1980年/文藝春秋)😁😭😢🤔🤓😱
14『オッペンハイマー 原爆の父はなぜ水爆開発に反対したか』(1995年/中央公論新社)🤔🤓
13『「妖しの民」と生まれきて』笠原和夫(1998年/講談社)😁😭😢🤔🤓
12『太平洋の生還者』上前淳一郎(1980年/文藝春秋)😁😭😳🤔🤓😖
11『ヒトラー演説 熱狂の真実』(2014年/中央公論新社)😁😳🤔🤓
10『ペスト』ダニエル・デフォー著、平井正穂訳(1973年/中央公論新社)🤔🤓😖
9『ペスト』アルベール・カミュ著、宮崎嶺雄訳(1969年/新潮社)😁😭😢🤔🤓
8『復活の日』小松左京(1975年/角川書店)🤔🤓
7『感染症の世界史』石弘之(2019年/角川書店)😁😳😱🤔🤓
6『2000年の桜庭和志』柳澤健(2020年/文藝春秋)😁🤔🤓
5『夜のみだらな鳥』ホセ・ドノソ著、鼓直訳(1984年/集英社)😳🤓😱😖
4『石蹴り遊び』フリオ・コルタサル著、土岐恒二訳(1984年/集英社)😁🤓🤔😖 
3『らふ』森下くるみ(2010年/青志社)🤔☺️
2『最期のキス』古尾谷登志江(2004年/講談社)😢😳
1『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』奥山和由、春日太一(2019年/文藝春秋)😁😳🤔
 
※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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