『全球入魂!プロ野球審判の真実』山崎夏生

北海道新聞社 287ページ 初版第1刷:2020年5月28日 定価1300円=税別

私は山崎夏生さんの前著にしてデビュー作『プロ野球審判 ジャッジの舞台裏』(2012年/北海道新聞社)を読み、審判を主人公にしたノンフィクションを書くことを諦めた。
一介のライターがどれほど取材に時間と労力をかけ、拙い技巧を駆使した文章で表現したとしても、元審判だった山崎さんの著書を上回るほど面白いものは絶対に書けない、と悟ったからだ。

前著はパ・リーグ審判員として29年間、プロ野球の試合を裁いてきた著者の体験談が中心だった。
本書ではさらに巨視的な視点から、審判引退後に審判技術指導員を務めた8年間の経験も踏まえて、この職業の育成システムや生活実態から、リクエスト制度をはじめとする最近の問題点まで論じられている。

審判を目指してこの世界に入る者は、研修審判、育成審判を経て、晴れて本契約を結べる審判へと昇格していく。
もちろん、全員が昇格できるわけではなく、研修審判は2年間、育成審判は3年間の期間内に技量不足とみなされれば、そこで解雇されてしまう。

ちなみに、2019年までにいた研修審判員20人のうち、育成に昇格できたのは12人と、半分近い8人が脱落。
また、育成から本契約を勝ち取ったのは、過去20人中13人だ。

著者もかつてはそういう駆け出しの審判であり、引退後には本契約を目指す彼らを教え導く技術指導員となった。
この仕事をするに当たって、著者は単なる「いい人」「優しい人」にはならず、口を酸っぱくして注意し、うるさがられるほどの〝ガミガミ親父〟であろうと心を決める。

「この審判の仕事とは常に100点を求められるという特殊性があります。
打者は3割で一流、投手だって防御率は2点台でも優秀ですが、審判だけは99点でも納得してもらえないのです。

常に100点を取るのが無理なのはわかっていても、そのマイナス1点を失くす努力が求められます。
(中略)それゆえに、どんな小さなミスも見逃さず、結果オーライではない根拠あるジャッジを求め、若手には決して妥協するまいと決意したのです」

という部分だけ抜き書きすると堅苦しい指導書のようだが、著者はここから、自分の頑なな姿勢が若手との対立を招いたことまで赤裸々に吐露。
信念を貫くこと、人間関係を維持すること、審判団という組織としての調和を重視することがいかに困難か、生々しく記述している。

ジャッジは人間がするものだ、という信念を持つ著者は、2018年から導入されたリクエスト制度にも言及。
「人間の目」が「機械の目」に優る部分を、このように語る。

「機械の目は実は定点からの平面映像しか捉えられません。
奥行きを見るにはその横からの映像、あるいは上空からとか裏面からといった視点を変える必要があります。

(中略)だが、人間の目はどうか?
審判は瞬時に動けるし、目だけで判断しているのではないのです、

その場の音があり、野手や走者の様子、さらにはファンの歓声や落胆、そういった球場にある情報の全てを取り入れて最終判定の資料としています。
それらを頭の中で瞬間分析し結論を出す、これこそが人間が機械に優る要素です」

そもそも、いくら最近の撮影技術が発達しているとはいえ、リプレー検証においてその映像を確認するのも、結局は「人間の目」なのだ。
それも、ニューヨークの管理センターでビデオ専門の審判が判定を下すメジャーリーグとは違い、日本では現場の審判がたった数人でテレビ中継用の映像を見ただけで、数分間のうちに判断するしかない。

この現状を「現場に丸投げ」だと著者は批判する。
毎年のようにリクエストがらみのトラブルが発生しているいま、山崎さんの主張と提言は球界もマスコミも真摯に捉えるべきだろう。

それにしても、相変わらず山崎さんの〝野球愛〟は僕など足元にも及ばないほど素晴らしい、という以上に凄まじい。
最後に、著者が審判技術指導員として通ったファームの球場を描写した文章を紹介しよう。

「侍ジャパンの主力となるような選手も、実はほとんどが数年前まではファームでもがき苦しんでいました。
華やかなカクテル光線を浴びる前に流す炎天下での汗をスタンド最前列で見られ、彼らの肉声や強烈な打球音なども鮮明に聞こえる。

そんな魅力にあふれた空間なのです。
もちろん審判たちもしかりです」

こういう文章は、元当事者が書くから説得力がある。
改めて、早くコロナ禍が去り、僕もまたファームのゲームを観ながら、あの空気、あの匂いを感じられる日々が戻ってきてほしいと願わずにはいられない。

😁😭😳🤔🤓

2020読書目録
面白かった😁 感動した😭 泣けた😢 笑った🤣 驚いた😳 癒された😌 怖かった😱 考えさせられた🤔 腹が立った😠 ほっこりした☺️ しんどかった😖 勉強になった🤓 ガッカリした😞

19『平成プロ野球史 名勝負、事件、分岐点-記憶と記録でつづる30年-』共同通信社運動部編』(2019年/共同通信社)😁😳🤔🤓
18『球界時評』万代隆(2008年/高知新聞社)😁🤔🤓
17『銀輪の巨人 GIANTジャイアント』(2012年/東洋経済新報社)😁🤔🤓
16『虫明亜呂無の本・1 L’arôme d’Aromu 肉体への憎しみ』虫明亜呂無著、玉木正之編(1991年/筑摩書房)😁😭🤔🤓
15『洞爺丸はなぜ沈んだか』(1980年/文藝春秋)😁😭😢🤔🤓😱
14『オッペンハイマー 原爆の父はなぜ水爆開発に反対したか』(1995年/中央公論新社)🤔🤓
13『「妖しの民」と生まれきて』笠原和夫(1998年/講談社)😁😭😢🤔🤓
12『太平洋の生還者』上前淳一郎(1980年/文藝春秋)😁😭😳🤔🤓😖
11『ヒトラー演説 熱狂の真実』(2014年/中央公論新社)😁😳🤔🤓
10『ペスト』ダニエル・デフォー著、平井正穂訳(1973年/中央公論新社)🤔🤓😖
9『ペスト』アルベール・カミュ著、宮崎嶺雄訳(1969年/新潮社)😁😭😢🤔🤓
8『復活の日』小松左京(1975年/角川書店)🤔🤓
7『感染症の世界史』石弘之(2019年/角川書店)😁😳😱🤔🤓
6『2000年の桜庭和志』柳澤健(2020年/文藝春秋)😁🤔🤓
5『夜のみだらな鳥』ホセ・ドノソ著、鼓直訳(1984年/集英社)😳🤓😱😖
4『石蹴り遊び』フリオ・コルタサル著、土岐恒二訳(1984年/集英社)😁🤓🤔😖 
3『らふ』森下くるみ(2010年/青志社)🤔☺️
2『最期のキス』古尾谷登志江(2004年/講談社)😢😳
1『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』奥山和由、春日太一(2019年/文藝春秋)😁😳🤔
 
※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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