『オッペンハイマー 原爆の父はなぜ水爆開発に反対したか』中沢志保🤔🤓

中央公論新社(中公新書) 262ページ 発行:1995年8月25日 定価740円=税別

NHK-BS1の〈BS1スペシャル〉で放送されたドキュメンタリー『“悪魔の兵器”はこうして誕生した〜原爆 科学者たちの心の闇〜』では、ロスアラモス研究所長J・ロバート・オッペンハイマーをはじめとする科学者が平和や生命の尊さを顧みない人間たちとして描かれていた。
実際、最初の原爆実験に成功した直後、オッペンハイマーの自画自賛ぶりたるや、「まるで世界タイトルマッチに勝ったボクサーのようだった」とも伝えられる。

しかし、そのオッペンハイマーは広島、長崎へ原爆が投下された1945年以降、原子力研究をアメリカだけでなく国際的な管理機関の下で行うべきだと主張。
水爆の開発にも一貫して反対し続けたため、赤狩りの嵐が吹き荒れた時代、アイゼンハワー政権下の政治家たちにソ連のスパイであるという濡れ衣を着せられ、1953年に公職追放の処分を受ける。

戦時中に「原爆の父」と呼ばれた稀代の科学者はいったいなぜ、戦後になって180度の思想的変節を遂げたのか。
日本の国際関係学・国際政治史学者が、書簡、論文、書籍など様々な歴史的資料から、相矛盾するオッペンハイマーの言動を読み解こうとしたのが本書である。

オッペンハイマーはハーバード大学を最優等で卒業したほどの秀才で、留学したケンブリッジ大学で統合失調症を患っていたころ、「量子論の父」ニールス・ボーアに出会って理論物理学の道を志す。
カリフォルニア大学バークレー校の教師仲間で、ノーベル賞を〝先取り〟されたアーネスト・ローレンスとも、若いころは親友づきあいをしていたらしい。

しかし、ローレンスは戦後、水爆開発の推進派に回り、アメリカ政府や軍部にも重用され、結果的にオッペンハイマーを追い落とすことになる。
そうした中、ボーアやマンハッタン計画の総指揮官レスリー・グローヴス中将とは生涯個人的な友人関係を保っており、ジョンソン大統領時代には名誉回復を果たした。

それでも、亡くなる前年の1966年にはニューズウィークのインタビューに答え、回顧録を出す意思のないことを表明。
翌年の67年、喉頭癌のために61歳で他界すると、オッペンハイマー自身の遺言により、遺灰はヴァージン諸島の海に撒かれた。

大変闇と謎の多い人物だが、著者はオッペンハイマーの変節の理由を科学者としての良心や使命感に求めている。
論文の延長上で書かれた著作で、読み物としてのノンフィクションとは性格が異なるものの、あくまで実証的に「原爆の父」の真意に迫っており、それなりの説得力はある。

🤔🤓

2020読書目録
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※は再読、及び旧サイトからのレビュー再録

13『「妖しの民」と生まれきて』笠原和夫(1998年/講談社)😁😭😢🤔🤓
12『太平洋の生還者』上前淳一郎(1980年/文藝春秋)😁😭😳🤔🤓😖
11『ヒトラー演説 熱狂の真実』(2014年/中央公論新社)😁😳🤔🤓
10『ペスト』ダニエル・デフォー著、平井正穂訳(1973年/中央公論新社)🤔🤓😖
9『ペスト』アルベール・カミュ著、宮崎嶺雄訳(1969年/新潮社)😁😭😢🤔🤓
8『復活の日』小松左京(1975年/角川書店)🤔🤓
7『感染症の世界史』石弘之(2019年/角川書店)😁😳😱🤔🤓
6『2000年の桜庭和志』柳澤健(2020年/文藝春秋)😁🤔🤓
5『夜のみだらな鳥』ホセ・ドノソ著、鼓直訳(1984年/集英社)😳🤓😱😖
4『石蹴り遊び』フリオ・コルタサル著、土岐恒二訳(1984年/集英社)😁🤓🤔😖 
3『らふ』森下くるみ(2010年/青志社)🤔☺️
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1『黙示録 映画プロデューサー・奥山和由の天国と地獄』奥山和由、春日太一(2019年/文藝春秋)😁😳🤔

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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