『ファントム・スレッド』(WOWOW)🤗

Phantom Thread 130分 2017年
アメリカ=ユニバーサル・ピクチャーズ、フォーカス・フィーチャーズ
日本配給:ビターズ・エンド、パルコ 2018年

アカデミー主演男優賞を史上最多の3度獲得したダニエル・デイ=ルイスが、うち2度目の『セア・ウィル・ビー・ブラッド』(2007年)を監督したポール・トーマス・アンダーソンとふたたびタッグを組んだ作品。
ルイスの役どころは1950年代のロンドンで名を馳せたオートクチュールの仕立て屋で、撮影終了後には俳優を引退、本作のようなファッションデザイナーになると発表して話題になった。

ルイスは1998年ごろ、フィレンツェの靴職人ステファノ・ベーメルの下で靴作りに没頭し、俳優業がセミリタイア状態になっていた時期もある。
元来、そういう仕事にのめり込む性向が強いことに加え、今回も役作りのために老舗の仕立て屋に通い、デザイン、採寸、仮縫いと、ドレスを作るすべての工程を自分でできるまでに習熟したそうだから、今回のファッションデザイナー宣言も決して意外ではない。

恐らく、近い将来、スーツから靴まで提供するアクアスキュータムのテーラー版みたいなダニエル・デイ=ルイス・ブランドを立ち上げるつもりなのだろう。
日本でも販売されたら僕も1着ぐらい仕立てて着てみたいけれど、かなり高くつきそうな気がする。

映画でのルイスは完璧に1950年代の仕立て屋になりきっており、朝食の最中からスケッチブックにデザインを描き、家人が食事の際に立てるちょっとした音にも過敏に反応するあたりから、いかにも〝らしい〟演技を見せる。
そんなルイス演じるレイノルズ・ウッドコックが、定宿にしているホテルのウェイトレス、アルマ・エルソン(ヴィッキー・クリープス)を見初め、彼女の身体を採寸し、新しいウエディングドレスのデザインをするようになる。

アルマは決して美人でもナイスバディでもなく、「身長が高く、肩幅が広く、胸が小さく、腰周りが大きい自分の身体が好きではなかった」と吐露。
しかし、そういう肉体がウッドコックにとってはドレスをデザインするのにうってつけだった、というところが面白く、逆説的な説得力がある。

監督アンダーソンの絵作り、雰囲気作りはいつもながら完璧で、ルイスだけでなく、彼が経営するハウス・オブ・ウッドコックの従業員の女性たちまで、みんな本職に見える。
そうした女性たちに混じって働くうち、アルマが次第にレイノルズに対する独占欲を露わにして、ウッドコックの会社と家を支配しようとし始めるあたりから、本作の本当の性格が前面に出てくる。

とくに、アルマが事実婚状態の立場から結婚へ持ち込もうとするくだりの静かな迫力が圧巻。
それまで弟レイノルズと同居生活を続け、食事もともにしていた姉のシリル(レスリー・マンヴィル)に対し、アルマがレイノルズとふたりだけで食事がしたいと主張する。

強硬に反対していたシリルが折れ、アルマは自慢の手料理をレイノルズに振る舞うが、いつもの生活パターンを乱されたレイノルズは怒りを爆発させ、ふたりの関係は一転して破局の危機を迎える。
そこで、レイノルズを服従させるため、アルマは厨房で秘かな計略を試みる。

正直、終盤の展開は通俗的愛憎劇に着地させている感もなくはなかったが、大いに見応えがあったのは確か。
アンダーソン監督作品としては、難解だった『ザ・マスター』(2012年)、『インヒアレント・ヴァイス』(2014年)などの近作に比べ、わかりやすくて面白かったことも評価したい。

オススメ度A。

ブルーレイ&DVDレンタルお勧め度2020リスト
A=ぜひ!🤗 B=よかったら😉 C=気になったら😏  D=ヒマだったら😑
※再見、及び旧サイトからの採録

44『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年/米)B
43『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』(2019年/米)A
42『スパイダーマン:ホームカミング』(2017年/米)A
41『ビリーブ 未来への大逆転』(2018年/米)B
40『ワンダー 君は太陽』(2017年/米)A
39『下妻物語』(2004年/東宝)A
38『コンフィデンスマンJP ロマンス編』(2019年/東宝)C
37『FBI:特別捜査班 シーズン1 #2緑の鳥』(2018年/米)A
36『FBI:特別捜査班 シーズン1 #1ブロンクス爆破事件』(2018年/米)B
35『THE GUILTY ギルティ』(2018年/丁)A
34『ザ・ラウデスト・ボイス−アメリカを分断した男−』(2019年/米)A
33『X-MEN:アポカリプス』(2016年/米)B※
32『X-MEN:フューチャー&パスト』(2014年/米)C※
31『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』(2011年/米)B※
30『X-MEN:ダーク・フェニックス』(2019年/米)D
29『ヴァンパイア 最期の聖戦』(1999年/米)B
28『クリスタル殺人事件』(1980年/英)B
27『帰ってきたヒトラー』(2015年/独)A※
26『ヒトラー〜最期の12日間〜』(2004年/独、伊、墺)A
25『ヒトラー暗殺、13分の誤算』(2015年/独)A
24『ハートブレイク・リッジ 勝利の戦場』(1986年/米)B
23『大脱出2』(2018年/中、米)D
22『大脱出』(2013年/米)B
21『記者たち 衝撃と畏怖の真実』(2018年/米)B
20『ハンターキラー 潜航せよ』(2018年/米)C
19『グリーンブック』(2018年/米)A
18『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』(2017年/英、米)B
17『天才作家の妻 40年目の真実』(2018年/瑞、英、米)B
16『デッドラインU.S.A』(1954年/米)B
15『海にかかる霧』(2014年/韓)A※
14『スノーピアサー』(2013年/韓、米、仏)A※

13『前科者』(1939年/米)
12『化石の森』(1936年/米)B
11『炎の人ゴッホ』(1956年/米)B※
10『チャンピオン』(1951年/米)B※

9『白熱』(1949年/米)A
8『犯罪王リコ』(1930年/米)B
7『ユリシーズ 』(1954年/伊)C
6『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』(2017年/泰)B
5『七つの会議』(2019年/東宝)A
4『キャプテン・マーベル』(2019年/米)B
3『奥さまは魔女』(2005年/米)C
2『フロントランナー』(2018年/米)B
1『運び屋』(2018年/米)A

スポーツライター。 1986年、日刊現代に入社。88年から運動部記者を務める。2002年に単行本デビュー作『バントの神様 川相昌弘と巨人軍の物語』(講談社)を上梓。06年に独立。『失われた甲子園』(講談社)新潮ドキュメント賞ノミネート。東スポ毎週火曜『赤ペン!!』連載中。 東京運動記者クラブ会員。日本文藝家協会会員。
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